(7)同業なら、筋は通してもらいましょう

「お姉ちゃん、スタンプラリーやってるの?」


 手近に回れるスタンプを3つ押したところで、10歳くらいの男の子に話しかけられた。


 スタンプラリーは村の主要な建物を回るルールで、村役場や宿、商店のほか、畑近くの水車小屋や山間の洞窟なども含まれている。さすがに村の外まで押しに行く時間はないので、聞き込みがてら回れるところを回っていたわけだが、どこもスタンプが無造作に置かれているだけで『あとは勝手にどうぞ』といった様子だった。


 一方で、すれ違う村人は『コツカー村へようこそ』なり『煙焚きおめでとう』なり、とても親しげに話しかけてくれる。おかげで聞き込み作業も捗ったが、結果は伴わなかった。誰も先生を知らないらしい。


 普段からメディア露出してくれれば少しは違ったろうに、と日頃の恨みが再燃する。


「君もスタンプラリーを?」

「僕はもう終わったよ!」


 男の子は自慢げにVサインをした。


「すごいね。私は全然。スタンプを押すところにも誰もいないし、もう時間切れかな?」

「まあ、もう見つかっちゃってるからね」

「え?」

「今年の探し物はもう見つかったんだって」

「探し物って?」

「よくわかんないけど、お母さんはよかったね、って嬉しそうだった」


 今年の探し物? 煙羅煙羅が見つかったのだろうか。五階山がスタンプラリーを私に勧めてこなかったのも、それが理由か。祭りの終わりを私が残念がるとでも思ったのかも知れない。それならそれで言ってくれてもいいものだが。


 ほかにも気になることはあるが、この子にあまり難しい内容は聞けそうもない。一方の彼は「どこから来たの」「好きな虫は?」と、私に興味津々だ。


 男の子の無垢な質問にいくつか答えてから、今度はこちらから質問をする。ちなみに、虫は全般が無理だ。男の子は少し残念そうだった。


「景品ってなに? 君は何をもらったの?」

「内緒! もらったものはね、誰にも言っちゃいけないんだ」


 でもね、と男の子はひそひそ声で続けた。私も耳を近づける。


「スタンプは全部押さなくていいんだよ。実はね、この洞窟にさえ行っちゃえばいいんだ。もう夕方だから、早く行かないと暗くなっちゃうよ。探し物が見つかっても、景品はもらえるから、頑張って!」

「そうなんだ。ありがとう」

「お姉ちゃんも宝物もらえるといいね!」

「景品って、宝物なの?」

「うん!」


 宝物、か。


 大人になってから、口にしたことも、手に入れたと実感することも少なくなった。ここの人たちにとって宝物とは、なんなのだろうか。少なくとも”仕事が”が枕詞につくうちは、縁遠いそうだ。


「そういえば、田んぼにはよく行く?」


 何気なくしたつもりの質問だったが、言ってから人を選ぶんだったと後悔した。先ほどまでの人懐っこい笑みから一転、恐怖に強ばった表情を男の子が浮かべたからだ。


「田んぼは、絶対にいかないよ。おじいちゃんもお父さんも、大きくなるまで絶対にダメって。僕も学校のみんなも、行ったことなんてない」


 その言い回しに、小さな違和感を覚えた。取材では教育現場はもちろん、子ども本人を相手にするケースもある。幼い彼らが強く否定するのは決まって、何か後ろめたいことがあるときだ。


 私に勘ぐられたくない何か。


 田んぼに何かあるのか、それとも、行ってしまったことを咎められたくないか。


 目の前の男の子を私が責め立てる理由はない。ただ彼のなかで、私も村の大人と一緒くたにされている可能性も考えられる。田んぼに行ってはいけないと、大人に強く言われている。もしバレたら、目の前の大人にも怒られてしまうかもしれない。だから隠さないと。そんなロジック。


 彼の隠し事にどんな秘密があるのか興味がないわけではなかったが、子ども相手にそれは酷だろう。


「田んぼに何がいるんだ?」


 不意に背後から声をかけられた。振り向くと、擦り切れた革ジャンと薄汚れたジーパン、そして年季の入ったカメラと、見るからに”怪しい”ジャーナリスト然の男が立っている。


 咄嗟に男の子を背中で隠す。


「どちら様ですか?」

「君の同業者、さ。もっとも、子飼いの君と違って、俺は自由を愛している」

「フリーの記者が何のご用です」

「君はあと。まずはそこのガキに話がある」


 男は私を脇にどかし、男の子の前にかがんだ。


「知っているんだろ? 田んぼに住む、あいつらのことをさ」

「……わからない」

「わからない、ね。知らないじゃなく、わからない」


 瞬間、男の子の顔が蒼白となった。聡い子なのだろう。男の皮肉から、自分の失言に気づいた。


 私が田んぼに見た揺れる何かの正体について、興味がないと言えば嘘になる。先生の居場所につながる可能性があるなら、どんな手がかりも見逃したくはない。


 が、小刻みに震える彼を放っておくこともできなかった。


「彼への取材は私が先です。同業なら、筋は通してもらいましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る