(4)一つじゃ足りないとは思っていたが

 単に、久遠さんの嗅覚が鋭いだけかもしれない。2回までなら、ただの偶然かもしれない。


 それでも春、夏と、私は久遠さんに導かれた先で、死にそうな目に遭っている。


 あの人の真意を知ろうにも、こちらから電話はつながらない。稀に連絡が取れても、会話の主導権を握られて、いつの間にか煙に巻かれる。


 盲目的に信じていいのか、という疑問が私の頭をかしげていた。尊敬する先輩に変わりはないが、長く会わないために偶像崇拝を拗らせるようなことは幸いなく、今は一人の人間として、適切な距離で向かい合えている気がする。それもこれもあまり認めたくはないが先生のおかげだと思うし、だからこそ私、先生、そして久遠さんの3人の間には、浅からぬ因縁めいたものがある気がしてならない。


 そんな矢先、久遠さんが私を行かせようとした場所で、先生が姿をくらました。考えすぎかもしれないが、放ってはおけなかった。


「それで、エンラエンラって結局なんなの?」


 翠夏は車窓を眺めていた。窓の先は畑が広がっており、ぽつりぽつりと民家が建っている。


「煙の妖怪、だそうです」

「それだけ?」

「あまり詳しくは調べられなくて……そもそもがメジャーでもないようですし」


 煙羅煙羅、またの名を煙々羅。煙のなかに顔が浮かぶ、煙そのものの妖怪として知られる。悪さをするといった伝承はなく、天井の木目が顔に見えるような、その程度の現象に名前をつけたのだろうと思う。


 窓の外に目をやる。野焼きでもしているのだろうか、一筋の黒煙が立ち上っているのが見えた。


「今から行くところーーコツカー村では煙羅煙羅を信仰していて、毎年の『煙焚き』と呼ばれる祭りをするそうです。このミステリーツアーはその一環、村おこしのイベントのようですね」


 チラシの裏をめくる。村の簡単な地図が、ところどころ丸く白抜きされて印刷されている。どこかで似たようなのを見た気がするが、思い出せない。


「こんな辺鄙な場所のくせして、500万円とは太っ腹だよねー」

「それは私も不思議でしたが、割とこの村、お金持ちみたいなんですよ。観光名所としては小さな温泉くらいなんですが、それよりも村民から社長や起業家がバンバン出てるようで」


 来る前にネットで調べたコツカー村出身の社長リストを翠夏に見せる。


「え、これってあのファミレスの会社じゃん。こっちはコスメの……どれも大きなところばっか」

「噂レベルのもありますけどね。ただ、この人とかは本人がコツカー村出身って明言してて」


 私はリストの2枚目をめくる。一代でネットスーパーを立ち上げた敏腕社長で、私ですらテレビで見たことがある。


「この人が自分の村について話している記事があって、こんな一文があるんです。『村では昔から、神様に何かを奪われた人は、何かを得られると信じられている』と。記事では経営哲学の話に無理やりつなげられているんですが、実際には煙羅煙羅について語ったんじゃないかと睨んでいます」

「どういうこと?」


「よくあるんですよ。記事に書きにくい主観的な話を一般論に落とし込むやり方は」

「社長は煙羅煙羅の話をしてたのに、妖怪を記事にするわけには行かないから別の話っぽく見せたってこと?それってインタビューの意味あるの?」


「……すみません、脱線しました。私が思ったのは、コツカー村に成功者が多いのは、この社長が言った『何かを奪われた人は、何かを得られる』が信じられているから。あるいは、実際に起きているからじゃないか、と」


 現象が先か、言葉が先か。その水掛論にきっと意味はない。あるのは、それが起きている、その事実のみ。火のないところに煙が立たないように、なにも起きていなければ、こんな話も、信仰も生まれない。


「村の人たちは煙羅煙羅を信じてほしいのかな?」

「なぜそのように?」

「だって、取材で答えたり、こんなツアーを企画したり。私だったら、成功の理由が誰かにもらったものなら、そのまま秘密にしちゃうけど」

「誰かに奪われるかもしれないですもんね」


「あ、奪われたいとか?」

「煙羅煙羅を?そもそも奪えるものなのでしょうか?」

「うーん……でもやっぱり、何かを取られるのは怖いかな。それがお金とか時間とかならまだいいけど、取り返しのつかないものだったら後悔しそう」

「例えば、思い出とか?」

「人間関係とかね!右ちゃんとお別れになったら泣いちゃう!」


 抱きつこうとしてきた翠夏を避けつつ、手元のチラシに目を落とす。


 先生は何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。


 あるものはあるとする人だから、煙羅煙羅の存在証明で村人とぶつかることはないだろう。ホラー映画で良くあるように、ご神木に粗相をして殺される……といったことはあるまい。


 うっかり、そうとはしらずに無礼を働くことはあるかもしれない。

 

 もしくは翠夏が言うように、煙羅煙羅を奪おうとして?


 そこそこ長く付き合ってきたが、いまだに何をしでかすか分からない。


 一つじゃ足りないとは思っていたが、もっと菓子折りを持参すべきだったかもしれない。鞄に忍ばせた菓子折りの箱を頭で数えていたとき、翠夏に肩を叩かれた。


「もうすぐ着くみたいだよ!」

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