(秋号)ドッペルゲンガー/牡丹灯籠

(1)「出ておいで」

「よかった。無事?」

 あぁ、違う。

「ほらほら、泣かないの」

 久遠さんは、ここにはいない。

「安心しな。怨霊はもういない。出ておいで」

 遠く遠く、旦那さんの故郷で、まだ産まれたばかりの娘さんを抱いて、今ごろ暖かな食卓を囲んでいて。

「よく頑張った! 右上は自慢の後輩だ!」

 声が、面影が、思い出が。襤褸布のように擦り切った私の心を包んでいく。あの人はいない。でも、今、喉から手が出るほど欲しい言葉を、求めても求めても掴めなかった願いを、壁の向こうの久遠さんは与えてくれる。

「出ておいで」

 外から聞こえる声。心が潰れそうだった。縋るように、戸に近づく。

「出てきて」違う。「出て」別人だ。「出てきな」まだ夜中だ「さぁ、ほら」わかっている「出てこい」

 でも、もしかしたら。もう終わったのかもしれない。

 その終わりが、別の意味を指していても。

 逃れられるなら、もはやどんな結末でも良かった。


「ーー残念」

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