(13)この借りは締め切りなどに一切考慮しませんから

 消防車は煙を頼りにやってきた。もう身を隠す余裕もなかったのか、それとも場所を伝えることに長い歴史を持つ狼煙の意味には抗えないのか。家はもう、その存在をあらわにしていた。


 騒ぎを聞きつけた野次馬がどんどん押し寄せてくる。こんな家あったかしら。立派なのにもったいないわねぇ。そんな会話が耳に入る。


 日は落ちかけていて、空は目の前で燃え盛る火と同じ色をしている。光と一緒に届く熱が心地よく、薄着でも耐えられる。


「とはいえ弁償はしていただきます」

「私は命の恩人だぞ! 命の恩人に金銭を要求するというのか。恥知らずもいいところだ!」

「火なら私もありましたよ……」

「100円ライターじゃ途中で消えてしまうよ」


「はい」ポケットからジッポーライターを出してみせた。「これなら手を離しても消えません」


「また似つかわしくないものを持っているね」

「編集者をしていると、先生のような人に出くわす機会も少なくないんです」

「何が言いたいんだい?」

「ストレス溜まるんですよ」


 残念ながら、煙草の箱はコートの中だ。未練たらたらにライターを見つめていると、視界の外からひょい、と青のハイライトが飛び込んできた。


「ここで、ですか?」

「あんなに煙もくもくしてるんだから、ちょっとくらい増やしてもバレないだろう?」

「はぁ……この借りは締め切りなどに一切考慮しませんから」


 一本引き抜いて、火をつける。肺いっぱいに煙を取り込むと、体に残っていた闇が追い出されるかのようだ。肩がすっと軽くなり、すぐに疲労が追いついてくる。


「さあ帰ろう。サテパンを読まなければ」

「家まで着いてってもいいですか?」

「なんだ、そこまで疲労困憊なのか。茶の一杯ぐらいは出してやるがすぐ帰れよ」そもそも私は人を招くのが嫌いなんだ。今回は特別の特別だから云々。


 家さえ把握してしまえばこっちのものだ。なんなら泊まってもいい。


 こんな思いをしたのだ。当の本人はハイになって忘れているようだが、原稿が出来上がるまで、逃すつもりは一切ない。


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