(2)嫁姑問題がなくてよかったですね
「ドッペルゲンガーですか?」
『そうそう』
久遠さんからの電話があったのは夏真っ盛りの某日。次の季刊誌の特別企画『秋の夜長の怪談特集〜情欲〜』に載せる一色琴乃の原稿回収に私が失敗していた折だった。
『去年、取材したでしょ? 夜の店に現れたのは、旅行中の恋人、なんて企画。覚えてない?』
そんなこともあったような気がするが、いまいち記憶を辿れない。そもそも企画名からしてボツの気配が濃厚だ。
「久遠さんの案です?」
『いや右上』
「嘘ですよ」
『あの頃はまだ、右上も青かったから』
認めたくない、そんな過去。
『でね、こっち来てから手が空くことも多くて、なんとなーく調べてたら、また噂になってるらしくてさ』
久遠さんは今、旦那さんの実家で育休中だ。旦那さんは名家の出身らしく、親戚も多いらしい。かといって肩身の狭い思いをしているわけでもなく、むしろ一族総出で育児を手伝ってくれるため割と暇なのだと聞いた。
「嫁姑問題がなくてよかったですね」
『むしろ旦那がお義母さんによく怒られてる。もっとサポートしなさい! ってさ』
「旦那さんって何してる人なんでしたっけ?」
『んーん? それよりもさ、ドッペルゲンガー。どう?』
「どうと言われましても」
私はベッドで意気消沈している一色琴乃と、ファミコンから無理やり引き抜いたマリオワールドを交互に見つめる。
例によって、先生の進捗は絶望的だった。家を訪ねてもいない、バイト先に突撃しても寸でのところで逃げられる。その度に久遠さんに連絡して先生探しをサポートしてもらっていたのだが、一計を案じ、とうとう一昨日の夜、ホテルに閉じ込めたのだった。
しかし、誤算が一つ。
ホテルにはファミコンが備え付けられていた。
先生がこの二日間、ただひたすらにクッパ城を目指してヒゲ親父を操作していたと発覚したのがつい5分前。カセットを無理やり引き抜いたのが4分前。そして今に至る。
「あとちょっとだったんだ……」
「反省してくださいね」
しないだろうけど。
電話口から、久遠さんの笑い声が聞こえてきた。
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