(8)ほんとうにそう思っているならホラー作家失格では?
「そもそも、頻繁に失踪事件が起きているなら、それこそ警察が動いているはずだ。もっと大きなニュースになっていても不思議じゃない。それがないなら、推測されるのは2つ。事件が嘘っぱちか、被害届は出されたが現場が見つからず、やはり嘘っぱちとみなされた」
「家を見つけられる人は限られている?」
「あるいは家が呼んでいるのかもしれない。招きたい人間を、この家が自ら」
目の前の建物は、どこにでもある普通の一軒家に見えた。大きな庭は草が伸び放題で、どこから生えたのか、蔓がレンガの壁を這っている。目隠しの柵は腰くらいまでの高さしかなく、用をなしているのか不明だ。
「お前が見つけたネットの話も、おそらく最初から見えていたのはY少年と語り手だけと考えられる。少なくとも全員が見えていたわけじゃない。そう読み取れる場所はいくつかあるし、最後の語り手の『もう行けない』という言葉。あれは自分が呼ばれていたことを自覚したのかもしれないね」
「警察は語り手が連れて行った?」
「かもね」
先生はどうでもいいように答えた。
家屋は年季こそ入っているものの、外観に欠落や崩壊は見当たらない。長いこと管理されていないだろうに、今すぐ住めと言われても不自由はしなさそうだ。
私は絶対に嫌だが。
家には人の気配が宿ると思う。住人の暮らしぶりが、住宅に表情をつける。そこに住む家族が今、幸せかどうかくらいはなんとなくわかるものだ。訪問者を歓迎してくれそうな家、明らかに拒絶している家。それは門構えや装飾品、窓から垣間見える部屋の様子から察することができる。
だが、この家には何もない。すべてを拒絶するわけでもなく、かといって迎え入れるわけでもなく、ただ板が合わさってそこに立っているような、意味を持たない物体として目の前にある。住んでも決して守ってくれなさそうな、空虚さがある。
ずっと長い間、この家には人がいなかった。住んでいた人たちの体温が、全く消えてなくなってしまうほどに。家がその役割を放棄して、どこかに明け渡してしまうほどに。
それなのに。
何かが”いる”。
家じゃない。家の中だ。家は芯がなく、風が吹けばバラバラに崩れ落ちそうな気さえするのに、それを内側からとどめている何かがいる。息を潜めて獲物を待つ獣がぎっしり詰まっている。そんなイメージが浮かび、背中に汗が伝った。
「ここまで来ると、さすがに見えますか?」
「まあね。一人でまた来てねと言われても無理だろうけど」
「入ってみましょうか」
「もし人が住んでいたらどうするんだい?」
「ほんとうにそう思っているならホラー作家失格では?」
「ああもう、本当にいやだ! あいつと話しているみたいだ……私は仕事がしたくないだけなのに!」
大人気なく泣き叫ぶ先生を引っ張り、門へ一歩踏み込む。
瞬間、明らかに空気が変わった。湿り気を帯びてまとわりつく。こちらを値踏みしているかのようだ。
「私……今まで霊感とかないと思ってたんですけどね」
「思い込みじゃないのかい? いやだな怖いなと考えているから、べたべたと生温い空気を感じるんだろう」
「何も言っていないのに同じ感覚を共有しているということは、本物じゃないでしょうか」
先生のほうを見ていたせいで、家から目を離してしまっていた。無数の、私をなめ回すような視線を感じる。視界の端に映る家が、大きな口を開けて待っている気がした。
ぱっ、と家に向き直る。普通のレンガの家だ。口があるわけがない。あるはずないのだ。
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