(5)都市伝説と霊は別物だと思うのかい?

「センスないなぁ〜なんでそれ選ぶかなぁ〜」

「センス関係ないじゃないですか。これが一番ゾッとしたんですよ」


 料理を口に運びながら、私はネタになりそうな心霊話や都市伝説を漁っていた。もちろん、ネットの話をそのまま小説にしてしまうのは御法度だ。だから実話っぽく、かつ取材に行けそうな地域の話を見繕っていたのだが。


「こんな嘘くさい……警察出てきたあたりから破綻してるじゃないか。なんで家の中の様子を警察でもない第三者が知っているんだ。ネットに書いてある嘘を嘘と見抜けないやつはネットする資格がないよ」


「ほかの掲示板でも類似の話が書かれています」

「『怖い話集まれ』だからだろう! その手の掲示板にはコピペが山ほどされるんだ。そりゃたくさんあるさ! だいたい人が絵に吸い込まれる? まるっきりダークソウルの」

「それ以上はダメです」

「あとカービィのキャラクターにも」

「あ、名前がついているスレッドもありますね」私は無理やり話題を逸らす「『人を喰う家』と」

「ありきたりだなぁ」

「でも、これは都市伝説の類になりますかね。あくまでこちらの希望ですが、幽霊関連だとうれしいのですけど……」


 かん、と音が鳴る。

 先生がフォークを落としたのだろう。そそっかしい。だから酒瓶も割るのだ。

 私は構わず、別の話を探そうと指を滑らした。


「ーー都市伝説と霊は別物だと思うのかい?」


 ワントーン低くなった声に、思わず顔をあげる。

 ふたたび、白百合が咲いていた。


 酔いから覚めたかのような変わりようだった。眼差しは真剣そのもので、凛とした美人という印象を取り戻している。


 なんとなくこちらも居住まいを正してしまった。


「えっと、違うんじゃないですか? 都市伝説はくねくねとかきさらぎ駅とか、妖怪とも幽霊ともつかないフォークロアで、幽霊は皿屋敷や四谷怪談のような人の恨みつらみが原因の現象ですよね」

「その区分は本当にはっきりしている?」


 言われてみると、自分でもどう定義づけしているのか説明はできない。ただ、話を聞いて、これは都市伝説だな、幽霊の仕業だな、妖怪の話だなとそれぞれカテゴライズはできるように思う。


「聞けばわかる、とでも言いたげだね」

「大半の人はそうじゃないですか?」

「では、不特定多数の人間が無意識下で共有している共通認識が、この世にはあると?」

「大袈裟な……その言い方だと無理があるでしょう。宗教の話になっちゃいませんか」


「当たらずも遠からず、だ。ひとつ例をあげよう。お前は件を知っているかな」

「牛の体に人の顔がついた、未来予知をする妖怪ですよね」


「じゃあ人面犬は?」

「犬の体に人の顔の……都市伝説。人面犬が都市伝説の一つであることは周知の事実です」


「ではもうひとつ。体は虎、顔はライオンの動物を知っているかい?」

「ええと……確かライガー、ですよね。それ、今関係あります?」


「この3つが同時に目の前に現れたとき、お前は『妖怪だ、都市伝説だ、自然動物だ』とちゃんと区別できるのか。いや、そもそもする必要があると思うかい?」


 それは……言い切れないかもしれない。だけど今の例は詭弁じゃないだろうか。


 先生が両肘を突き、顔の前で手を組んだ。

 上目遣いの妖艶さにどきりとする。


「家鳴という妖怪がいる。人が触れたり、風が吹いたりするわけでもないのに家が鳴るのは、家鳴の仕業だと考えられていたわけだ。現代でも同様の怪奇現象は知られている。ラップ現象がそうだね」

「ラップ音は湿度や気温、気圧の変化による建材の伸縮が原因であると科学的に証明されているはずです」

「そう、科学の面からも説明できてしまう。だからといって、科学が唯一の正解とも限らないだろう?」

「先ほどから、何が言いたいんですか」


「妖怪、霊、都市伝説、そして科学。これらはすべて解釈なんだ。言い変えれば、私たちが"こうあってほしい"と、名前と形を与えたに過ぎない。受け取り方を自分で決めたんだ。家が鳴る。これを妖怪の仕業だと信じたい者が家鳴を生み、霊を恐れる者がラップ音だと主張し、どちらも否定する者が科学で解明してみせた。それだけでしかなく、どれが真実というわけでもない。あるのは、家を鳴らした何があった。それだけなんだ」

「では先生は、妖怪も科学も嘘っぱちのこじつけに過ぎなくて、もっと超常的な存在が関与している、とお考えで?」

「そうじゃない」

 先生はかぶりを振った。


「サイコロを色々な角度から見たとき、認識できるのが1だったり6だったりするけど、その物体がサイコロであることには変わりない。そして見えるものが1や6であることも、また事実だ。そのサイコロが本当はなんなのかはわからないけれど、1しかない6しかないと決めつけるのはナンセンスで、多面的に見て初めて数字が6つ書いてあると気づけるのさ」


 つらつらと、論理的に話を進める先生に私は驚いていた。


 意外だ。第一印象に踊らされていた。私は一色琴乃をだらしのない人間だと、自分がそうあって欲しいという事実を選んで、受け取っていたのだ。


 いや、もっと早く気づけたはずだ。一色琴乃の読者であれば、彼女の計算され尽くした文章に触れた経験のある者ならば、その書き手が思慮深い人間であることは安易に想像できただろう。彼女はただの怠け者ではなく、あの作品の作者なのだ。むしろこっちの姿が真実だ。


 ただ、この違和感はなんだろう。


「先生のお考えはわかりました。しかし、なぜ人によって解釈が変わるのでしょうか? やはり、宗教観の違いとか?」

「というよりも、生活観の違いだろうね。自然と共に暮らしていた人は、理不尽さへの捌け口を森や川のなかに住む妖怪に求めた。人間、理解できるものには寛容になれるし、対処もできるからね」

「なんでも妖怪のせいに、ということですか?」

「そうすれば諦めもつくってもんさ」


 農作物や海産物の不作、天災や病といった自然の猛威、身近な人の死。誰のせいにもできない理不尽を飲み込むために、人は妖怪を作って責任をなすりつけたということか。神様にお供えをするように、妖怪を祓えば大丈夫、彼らに出会わなければ大丈夫と自分たちを慰めていたわけだ。


「都市に住む人は、八つ当たりする自然がないから、人の思念からまろび出た怨霊や生き霊に行き着く。私が悪い状況にあるのは、あの人のせい、とね」

「生々しいですね」

「高度経済成長で社会が大きく変わり、同時に文明が発展すると解釈の余地も多彩に広がる」

「都市伝説と科学的解釈」

「そのとおり。まあ、広がったのは解釈だけじゃないけどね。急激な構造変化は歪を生む。その歪を科学で説明してみせて溜飲を下げるのか、不明は不明とフォークロアに押し込めてしまうのか。都市伝説が変に現実みを帯び、妖怪や霊のような神秘に欠けるのは科学が発達していた時代背景もあるだろうね」

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