(6)私、甘いもの得意なので
講釈終わり、と先生が肩をすくめると同時に、ぱちぱちと燃える花火の刺さった巨大なパフェが到着した。
「スペシャルサテパンパフェのお客様は」
「おそらく私だ」先生が手をあげる。
「お待たせしました。それと、こちら特典のサテパンちゃんシールです」
「なんですか、この派手さは」
一言で表すなら、爆心地。てっぺんに乗ったチョコアイスは中央が大きく窪み、中央部に今もなお火花を散らす花火が刺さっている。その周囲にはコーンフレークやアラザンが残骸のように散らばり、ところどころには熱された鉄を表しているのか、オレンジソースが垂らされていた。悪趣味なパフェである。
「もしかして、注文違ってましたか?」
若い女性店員が不安そうにこちらを見てくる。
「いや、注文自体は合っているようだ。確かに私はこれを頼んだ」先生がメニューを指差す。「おごりだから、一番高いやつを頼んだんだ」
「そういうところが減点ポイントですよね」
「コラボ商品とは知らなんだが。そもそもなんのキャラかもーー」
店員の目が光ったのが見えた。
「もしサテパン未読なら、是非この機会に!」
店員が先生に詰め寄る。
「うわぁ!」
慌てて先生がのけぞった。とは言っても隅の席なので、ほとんど距離は開けられてない。
「さっきからその、サテパンってなんのことですか?」
「『ザ・サテライトパンダ〜クライシス〜』。上野を舞台にしたバトル漫画で、聖地でもある上野を中心に大ブーム中なんですよ! このパフェはファンの間でも神編と名高い『爆裂神田明神編』のラストバトル、神田対鶯谷の決戦の場をイメージしているんです」
すでに上野から離れている。出てくる地名はすぐ近くにあるのに、内容が全く理解できない。
「このシールにはパンダが1匹もいないんだが」
先生が台紙を渡してきた。子供から老人まで、眉目秀麗な男性キャラのシールが所狭しと貼られているが、確かに、タイトルにもあるパンダがいない。
「こちらは主人公側のシールとなりますので。パンダはヴィラン、敵側なんです。といっても、無限湧きする雑魚キャラなんですけどね」
「パンダが」先生はきょとんとしている。
「無限湧き」復唱してみてもわからない。
「是非是非! それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
新たな疑問を残し、店員は戻っていった。
「そのシール、いらないからあげるよ」先生はさっそくパフェにかぶりついている。「思ったよりでかいな」
「さっきの話の続きですが」爆心地が更地になっていくのを眺めながら、説明を求めた。「先生なら、人を喰う家をどう解釈しますか?」
「解釈も何も、あの家はネットの落書きで……まあ、そうだな。人がその家でいなくなる、という現象が事実だとすると、例えば前の住人が孤独死したとかなんとかで、同居人を求めている、とか。現実的な落としどころがほしいなら、Y少年はその家で迷子になって、裏口から逃げて後日無事帰宅したってのもありだね。人に理由を求めるなら、犯罪絡みかもしれない。人が行動したという事実があれば、そこに解釈の余地はない。その行動の原因に怪しさはあるかもしれないけれど」
先生はご機嫌に饒舌だ。これはもう一押しかもしれない。
「幽霊に誘われて、魔が刺した、とかですね。とにかく現象は現象としてあり、どう解釈するかは私たち次第……ですかね?」
「物わかりがいいじゃないか! そうだよ、とにかく、あの世田谷の古びた一軒家ではなんかしらの消失事件が起きたってことは事実で、あとは我々の見方……次第……」
「やっぱり」笑みをひきつらせたまま固まる先生に、私は追撃を放つ。「人を喰う家は実際にあるんですね。しかも取材済みで、所在地さえも知っている。だから話を逸らしたのでしょう?」
出会ってまだ数時間だが、一色琴乃の性格からして、彼女が真面目になるのは仕事をサボるときだけだ。カフェテリアで脱兎の如く逃げ出したときにも同様の気迫を感じられた。彼女は知っていたのだ。そのうえで、私に気づかれないよう妖怪談義に興じた。
「それ食べたら、行きましょうか」
「これ大きいから……食べるのに3日くらいかかるかも……」
「大丈夫です。私、甘いもの得意なので」
先生の目から光が失われていく。私は伝票を手に取った。
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