なぜ、俺。3
「意外。君ってそんなに喋るんだ。いつも静かだから、大人しく出来るかと思ってたよ」
ニコニコしながら近付いてきては、家族同然に密着するような近さ。講義で会うだけだが、こんなに接近されるとさすがに気持ち悪い。
「君のキラーネームは?」
「教授は?」
目と目が合う。お互い読み取ろうと探る心理戦。名を言いたくない、と終わることもない譲り合い。
「すみません。講義遅れるんですが」
「それは心配ないよ。担当者には言ってある。『片山はお休み』しますってね」
口角が上がり不気味に笑う教授。
「それって『俺』を殺すってことですか?」
「そうだよ。さっきからそう言ってるじゃん。だから、騒ぎを起こすことなく静かに殺ろうか」
その言葉を合図に腕捲りをしていた左腕を掴まれ、ボールペンのようなものを胸ポケットから取り出す。カチッとノックすると出てきたのは芯ではなく注射器に使われる針。
教授はイーブルの腕に針を刺そうと振り下ろすがギリギリの所でイーブルは教授の手を掴む。そのまま腹に向かって蹴りを入れるふりをすると、警戒したのか距離を取る。
「やってくれるね。暴れないでくれる?」
さらにカチカチッのノック音。今度は小型のナイフ。教授は駆け出し、イーブルは胴に向かって蹴りを放つも手で足を強く叩き落とされバランスを崩す。「貰った」とイーブルの首目掛けナイフを振り下ろす。だが――叩き落とされた足でアスファルトを強く踏み締め、イーブルはなんとかバランスを保つ。ギリギリの所で後方へ体を反るが前髪が数本パラッと切れる。イーブルよりも年上で数十センチほど身長が高ければ力も上。素早くはないが一つ一つが正確な動き。
「やるね。殺しがいありそう」
イーブルがタンタンッとステップを踏むように後ろに下がると逆に距離を詰め寄られる。日中ということもあり、目立ちたくない思考と殺りたい思考が頭の中で喧嘩。夜行性のように動く彼にとって、日中の殺り合いが嫌で仕方がない。
「チッ……」
首を振り、ヘッドフォンを振り落とすや耳に付けていた骨伝導イヤフォンがノイズを発てる。
『大丈夫か? 苦戦してるらしいけど』
リブの声だ。
『まぁ、戦闘中に返事返さないの知ってるから、俺は音とリュックサックに仕込まれてる隠しカメラで楽しんでる。夜行性のお前にはキツそうだな』
声に耳を傾けながら、腕をクロスして蹴りを防ぐ。ナイフに当たらないよう目で追いかけてはギリギリの所で腕で軌道をズラすも太陽の光が反射し見づらい。シュッと風を斬る音と一緒に見極めが甘かったのが頬が軽く切れる。
「やっと当たったね。痛い?」
ヒリヒリと焼ける痛みに指で拭い、集中しろと深く息を吐く。
『お前が怪我って珍しい。ほら、目瞑ってやりなよ。視界の悪い暗闇で感覚を研ぎ澄ませるような――意味分かるよな?』
目障りなノイズと声。苛立ちながらも目を閉じる。真っ暗な光もない闇。そのせいか聴力や嗅覚がより敏感になり、風や足音、人の呼吸まで微かな音も聞き取れる。暗闇で殺しを行う、あの緊張感。視界の見えない中での“殺し”は勉強よりも遥かに楽しい。そう無意識に感じ、スイッチが入る。
リブに言われるがまま行動を起こすのは嫌だが、日中の戦闘なんて滅多にない。今はリブの指示に従うしかなかった。あの地味な彼女と話して少し目に光が戻ったがリブの声と言葉に光を失う。
『いいぞ、イーブル。遊んでやれ』
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