なぜ、俺。2

 大学の敷地にある木がカサカサと音を発てながら揺れる。こんなに葉と葉が奏でる音が心地いいと感じたのは初めてかもしれない。緑の目に優しい色合い、少し香る青臭さ。何とも言えないが、不安や不意打ちで疲れた心に響く。

 リブに背負われた彼女が目を覚まし、テンパり恥ずかしそうにバタバタと手足を動かす。そんな彼女を笑いながらリブが下ろすとペコペコと顔を真っ赤にして「す、すみません」と言葉を口にする


「いえ、こちらこそ……俺が悪いんで」


 イーブルもペコッとお辞儀すると彼女は思い出したように「あれ、護身術ですよね!! すごくカッコ良かったです」と先程の行動にややイーブルに惚れたのか。カノジョは嬉しそうに笑う。

 だか、女性と滅多に会話をしないせいか。イーブルは不思議と彼女の笑顔をぶち壊したくなった。笑顔の先の恐怖はどんな顔なんだろう。単なる興味本位だが、あのコメントが焼き付いた印ように離れない。隣のリブの存在とあの言葉が鎖のように絡み付く『先導しろ』そう言っているようで。

 不意にスマホが鳴り目を逸らすが彼女は護身術や体術に興味あるのか質問責めに合う。「え、あぁ……」と時間を確認するふりをしてスマホ画面をスライド。



 コメント一件

 live

『早めに殺せ。それで、アイツに証拠を見せる。お前、あの教授に狙われてるぞ』



 それは、情報屋としてリブからの忠告。お互い心理学を受講し、あの教授の元で講義を受けていた。「り」と声出すも気付けば隣にリブの姿はなく、挙動不審に陥り周囲見渡す。すると――。


「あ、あの!! 午後、講義あるかな。もしあったら、ごはん食べに行きませんか?」


 女性の予想外の言葉にイーブルは動きを止める。初めての食事の誘いに思考が停止するも、よく考えれば終わったのは午前の講義。


「てっきり午後かと思ってた。別に良いですけど」


 イーブル自身、間抜けだな、と思いつつ自然と言葉を交わす。いつもなら関係性を深めない。だが、今回は別。彼女の返事を待たず、優しく手首を掴むと早足で歩く。背後から感じる気配と視線から逃げるように。



         *



 大学近くのコーヒーの香り漂う珈琲店。そこは元々リブが通っていたバイト先。とはいえ、今まで入ったことがない。そのため常連である彼女を先に行かせ、連れのふりして周囲を把握。シックで大人びた空間。柱やテーブルには木目があり、手触りも見た目も癒される。

 昼間でカウンター以外席はなかった。荷物を足と足の間に起き、彼女を気にしつつメニューを見る。カフェインがダメなイーブルはクリームソーダとラザニア。彼女はコーヒーとカレードリアを注文。お互いシンクロするように手拭き、お冷やを一口。あまりのシンクロ率にクスッと自然に笑みをこぼす。


 しかし、話が切り出せず静寂。


 すぐに飲み物が届き、イーブル目の前に置かれたクリームソーダ。グラスにシュワシュワと炭酸がくっ付き、スプーンを入れカランカランッと回すと弾けるように上へ。芸術的に美しい丸く整えられたアイスを掬い、メロンソーダに付けてパクッと一口。甘く弾ける感覚がクセになる。

 彼女はミルクと砂糖を入れ、ふぅーふぅーと冷ますように息を吹き掛け一口。漂うコーヒーの苦い匂いだけでイーブルは胃がやられそうだったが我慢。必死に耐える。


「ねぇ、君ってなんか好きなモノあるの?」


 このままではいけないとイーブルは無理に話を切り出す。

 

「えっと、かな。苦しい時に見ると落ち着くから」


 “花”。


 その言葉にイーブルは俯きながら口だけが微かに笑う。ゲームのお題が『自然』。たまたまが彼女が“花好き”。失礼だが笑いたくて仕方がなかった。


「ごちそうさま」


 昼食を済ませ、カッコつけではないが全額イーブルが払う。「申し訳ないです」とペコペコ頭を下げられ、好印象を得ようとわざとやった。花に話を振ると楽しそうに話してくれ、彼女が好きな花を探り、場所と凶器を決めようと考え込む。

 開始三十分前。彼女はとても真面目で「戻ろうよ」と大学を指差すもイーブルは感じる視線に「野暮用あるから……」とその場で別れた。


 敷地に入らず、人気のない大学裏の煉瓦の壁。住宅地だが薄暗く、静かすぎるため近所の人は近づかない場所。壁に凭れ鼻歌を歌っていると「逃げないでくれる?」と心理学の教授。白衣のポケットに手を突っ込み、何か凶器でも握ってるんじゃないかと不安に駆られる。殺し以外日常ではナイフなどを持ち歩かない。持つとしたら練習用。最低、護身術や格闘で無理矢理逃げるぐらい。


「何か、用ですか? ストーカーみたいで怖いんですけど」


 パーカーに手を突っ込み、練習用のバタフライナイフを握る。リュックサックを下ろし軽く腕捲り。


「あれ、もしかして『そっち』の人間? そうなんだ、びっくり。殺したら――俺の人気上がるかな?」


「なんのことか分からないんですけど。って言ったら、怒りますよね?」

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