なぜ、俺。1
あのコメントから一週間。
少し変わった事といえば、イーブルがクレープ屋、リブが喫茶店でバイトを始めたことぐらい。前は本屋と珈琲店だったが、飽きるのかコロコロ変える癖がある。
名残も薄くなり、看板や建物を見ると『こうやったら死ねる』と死に方を考えるまでに回復。発想がやたらと浮かぶようになり、にやけ封じで最近市販のマスクで口元を隠す。情緒不安定。または、欲求不満か。無意識にイーブルはリストカットを起こしていた。
登校中。
ヘッドフォンをせずに周囲を見渡すイーブルに違和感を持ったリブが小声で言う。
「誰かを殺したいんだろ? 違うか」
その言葉にイーブルはスッとポケットに入るほどのメモ帳をリブに渡した。インスピレーションが湧いた時用の小さなメモ帳にはぎっしりと文字が書かれ、物や殺し方が細かく書かれている。
「ヤル気満々じゃん」
「やめて。頭が騒がしくて……なんか――」
突然気分が悪くなり、グワンと酷い目眩に襲われ、「おわっ」とリブが慌てて抱き止める。
「キャパオーバーか?」
「かも、しれない。すみません。」
意識朦朧とするイーブル。立とうとしても立てず、リブの腕を掴むと「ちょっといいか」とリブ声に体がフワッと浮遊感に襲われた。
「り」と声を出すも意識が飛ぶが――「キャー」と興奮している声に目を覚ます。気づけば講堂の隅の席。廊下から女子学生の声が無数聞こえ「先輩ったら」と跳ねる喜ぶ声。
「仕方ないじゃん。友達が倒れたら助けるのが当たり前でしょ」
微かに聞こえるリブの声に耳を澄ますと「私もお姫様抱っこしてください」の声にイーブルは顔を伏せた。
「ヤダッ風間先輩ったら男好きなんですか!!」
様子を見に来たのだろう。リブとキャッキャッしながら女子達が近づいてくる。ルックス抜群、運動神経共に学力上位の校内ではかなりの人気者。社交的で面倒見が良いことから女子人気1位だとか。
「大丈夫か? 少し色良くなったな。はい、鉄分入りのむヨーグルト。飲んで頑張れよ」
と、周囲気にせず頭を撫でられ、それを見た女子達が嫉妬する。
「え~先輩。好きな女の子いないんですかぁ? 男なんて似合わないですぅ」
好意があるのか。パステルロングスカートの可愛い女子生徒が軽く貶しながら言う。
「そう?」
「はい。先輩、私と付き合ってくださいよ!!」
と、ぶりっ子女子の突然の告白。普通なら少し間を置いて決断を口にするものだが「ヤーヨ。悪いね、先客がいるもんで」とイーブルを指差す。優しく胸ぐらを掴まれ、見せつけるように甘いキス。ほんのりと唾液が糸を引く。
「こいつを陰キャラ呼ばわりする奴は嫌いでね。あと、可愛げに毒を吐く奴も嫌いだな」
ニカッと笑い「……というわけで、俺違う場所だから。はい、解散!!」と勝ち誇ったように廊下へ出ていった。
*
不意打ちのキスに混乱しつつ数字だらけの簿記に頭痛に悩まされながらなんとか午前の講義を終え、机に伏せたまま動けず。一人の女性が心配そうに「大丈夫?」と声をかける。黒縁メガネの同じく陰キャラ呼ばわりされている地味子。名前は知らない。だが、似た者同士だなと気になる相手だ。
「お茶飲む?」
彼女の飲みかけなのか、ペットボトルの抹茶入りお茶をチラッと視界に入れてくれる。飲みたいのは山々だが「ごめん」と優しく断り「カフェインダメなんだ」と床に置いていたリュックサックを掴む。怠い体を起こし、壁に手を付きながらゆっくり廊下へ。
地震でも起きているんじゃないか――と疑いたくなるほどの目眩。あまりの辛さに座り込み、トントンッと背中を叩かれたとき無意識にその手を掴む。反射的に体が動き、肩に手を添えドンッと力一杯壁に叩きつける。
「きゃっ」
メガネがカタンッと床に落ち、壁に叩き付けた衝撃でゴンッと鈍い音。座り込んだ彼女の頭に手を添え、強く引っ張った右手。肩を優しく擦る。触った感覚から怪我はないようだ。
彼女をおぶり、近くのソファーに寝かせては置いてきた鞄を取りに行く。彼女の様子を伺いに戻ると「こら、ダメだよ」とリブの声が聞こえた。
歩く速度を落とし、息を殺しては壁に張り付く。身を潜め、悪いとは思っているが会話を盗み聞きしようと立ち止まる。
「そうだ。君は……死にたいんだよね。だったら、殺してあげるよ。ただし、もう少し待ってくれるかな。まだ、殺す気がしないんだ」
気配に気付かれないよう覗くと、前髪に軽く触れツンツンッと頬を突っついているリブの姿。知り合いなのだろうが、明らかに講義前の女性達との接し方と違う。何か企んでいるような悪魔の囁き。あれだ――家にいるときの妙な感じ。
「どう殺そうか。どう死にたい? 花が好きなら花にして殺してあげてもいいよ。ほら、男なのに華道やってる奴いるし、クレープ巻いてる可愛いやつもいるからさ。で、お前はいつまで隠れてる気?」
「……別に」
合わせる顔がなく、壁に隠れたまま言葉を返す。鞄の音で気付かれた。または、足音。それとも来ることを先読みし、わざと聞こえるように言ったか。どうでもいい話。バレた以上隠しと押すのは無理。
「耳、良いんですね」
ゆっくり姿を見せると「お前ほどじゃない」とニコッと笑う。殺気に満ちた目でリブは「次のターゲットな」と指をさし、同時にブブッとパーカーに入れていたスマホが鳴る。
ナナシ@―――
『お待たせしました!!
では、お題を発表したいと思います。
お題:自然
期間:二ヶ月間
6月から8月末まで
イーブルへ、彼女を殺してね。ずっと死にたいらしいから、楽にしてあげて。あ、特定の人には個別で送ってるから安心してね!!』
それを待ってました、と言わんばかりにタイミング良すぎるコメント。スマホを見つめ、リブを見ると「ん?」眉を動かす。
職員会議、用事かは知らないが、たまたまこの大学で一番若く評価の良い心理学の教授が横を通る。彼の手にはスマホ。見るつもりはなかったが、覗き見ブロックが付いていなかったため盗み見ると真っ黒な画面に白と赤字。まさかと思ったが“あの”アプリを起動させていた。思わず教授を二度見すると「何か?」と勘づかれ、振り向き様にイーブルは嫌そうな顔。
「あぁ、君達ね。のんびり過ごしてたら珍しく楽しみが出来て嬉しくてさ。そうだ、お休みの日はない? 少し話をしたくてね。講義の件といい講義中の態度といい――色々とね」
説教か。それとも、
「すみません。時間確認してから……」
その場を離れようと適当に言葉を吐き捨て歩き出すと彼女を背負ったリブをイーブルは小走りで追いかけた。
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