第3話 バレンタインのちょっと前
「時透さんって誰?」
「誰って同じクラスの、ほら、あの席」
「話したことないからよく知らない」
翌朝、俺と時康は坂やんにダイレクトに聞いてみた。坂やんは坂やんだった。
時透さんは話したことなくてもこのクラスで知らない人はいないと思ってた。クラスどころか学年レベルでも。
なんか脈の有無以前の話だった。
「時康、これ正直に伝えるべき?」
「存在を認識されてませんって?」
「そんな残酷な」
でも、ううむ。チョコ渡したシーンで坂やんが素で『君誰?』っていう予感がする。目に浮かぶ。
それは時透さんに入るダメージがデカそうだ。時透さんは多分、自分が周りに距離置かれてることを認識してる。それなのに魔法陣拾ってくれたわけだから、めっちゃ嬉しかったはず。
でもそもそもそれ以前だったとは。多分坂やんは拾ったものが魔法陣ということも認識してない。坂やんが悪い。
「やっぱ出会うくらいはあってもよくない? 時透さん可哀想すぎくない?」
「お前の意見は分かるが俺は坂やんの味方だからな。俺の橋渡しは期待するな」
「うーん、そうだよねぇ」
時康はこの辺の人間関係の線引はわりと明確な奴なのだ。
◇◇◇
だからその翌放課後。
「この人時透さん、俺の友達」
「あああの、よろしく、お願いしま、す」
「こんにちは。よろしくね」
時康が信じらんねぇって目で俺をみている。俺の友達枠ならいいだろ? 坂やんと直接関係ないし中根さんに見られても問題ない。
俺は朝イチで坂やんの髪の毛探しに机の周りをウロウロしている時透さんに声をかけた。昨日の夕方なかったんだから今朝あるわけないだろ。この人も結構天然だな。坂やんと案外あうかもしれん。
坂やんに認識されてないって伝えたら、まさに『ガーン!』って感じで固まった。なんか悪い気がしたから、俺の友達ってことで紹介することにした。やっぱいきなり知らん女子に告られるのは無理と思う。坂やんは特に。俺はアリです。
「あ、あの、坂本くんは付き合ってる人とかいますかっ!?」
と思ったのに何故ダイレクトアタックするんだ。
「僕は中根さんが好きなんだ」
「つつ付き合っては……」
「時透さん、その辺はデリケートだから触れないであげてもらえるかな」
「ご、ごめんなさい」
顔が真っ赤てアタフタしている時任さんを、時康がそれとなく止める。
うわぁ。温度差がひどい。普通直接聞くかな。バレンタインで告るとか言ってたから、混乱してるのかも。ひょっとして家でめっちゃ予行演習とかしてたのかも。
時康が睨むから仕方なく話題を変えるのだ。
「時透さん、趣味なぁに?」
「えっ、えっとおまじないとか」
おお、黒魔術はおまじない。なるほど。そういやのろいもまじないも呪いと書くな。
「へぇー。どんなお呪いするの?」
「えっと、その、恋の成就とか」
「そうなんだ、時透さんは誰が好きなの?」
「えっと坂やん、その辺はデリケートだから触れないであげてもらえるかな」
「あ、ごめん」
時透さんは口をあんぐりと開けた。やっぱ坂やん天然すぎる。時透さんはさっきまで見たまんま恋する乙女だったのに、今は『おおっと、いしのなかにいる』状態だ。坂やんは何故わからぬ。見たままではないか。解せぬ。
時康すらも時透さんを哀れげに見ていた。
「ちょっとごめん」
固まる時透さんを教室の端っこに連れて行った。
「あのさ、流石にあれは酷いと思うけどさ、現状こんな感じなんだよ、今は諦めたほうがいいよ」
「……」
困ったな、石化がとけない。まあ、とりあえず失恋したんだよね。悲しいよね、わかるわかる、俺も玉砕した経験しかないよ。……あれは酷い。実にひどい。好きですという前に流れるように振られた。過去の俺が涙を流す。
とりあえずお茶に誘ってみた。number19。時康に教えてもらったおしゃれカフェ。そいや坂やんが中根さんに告ったのもここだったことは、入店してから思い出した。
「あのさ、元気だしなよ」
「うん……」
「まあ坂やんあんな感じだしさ、人としてちょっと」
「あの、いい人だと思ってるしそういう言い方は」
振られたのに健気だなぁ。やっぱいい子。ううーん、時透さんはちゃんとしたら奇麗になるんじゃないかなぁ?
「あの、顔に何かついてる?」
「あー、オシャレとか、しない?」
「おしゃれ?」
「まあ、なんていうかボサボサな感じ」
「酷い」
「でもまぁほんとに、ちゃんとしたら結構可愛いんじゃないかと、って奇麗になりたいたいならいい美容師さん紹介するよ、時康が。フルコーデでやってくれるって。そんで新しい恋とかすんの」
なんていうか、もう、それ以前の感じがするからイメチェンとか。
そういえば、時透さんもうつむいたままだけど、フッとため息をついた。
「今日、私って振られたよね?」
「振られたか振られてないかといえばまぁ」
時康の理論でもお友達から始めましょう、だよな。
「……もうバッサリ切っちゃおうかな。この髪も短いとすごくクシャクシャになるから伸ばしてるだけだし」
「あ、大丈夫大丈夫。その辺もきっとアドバイスくれるらしいから、どう?」
「それならまあ」
その場で時康に電話して、時康の彼女に予約してもらった。ミスティなんとかいう美容院。妹の友達とか何回か女子を連れで行ったことあるけど、みんなびっくりするくらい奇麗になる。ここの美容師さんは魔法使いに違いない。
紹介した手前俺もついてく。ぼんやり後ろで雑誌読んでたけど、1時間くらいたった時にはあんた誰? レベルの時透さんがいた。
もともとは肩下くらいの長さのもさもさした髪型だったんだけど、頭の上の方がすっきりして下の方がふわっと顔にかかってる。もともと髪の量が多かったのを上の方は減らして下の方はそのままそろえてレイヤーカットしたらしい。目の前に長くかかってた前髪も短くカット。それに眉毛が奇麗になっていた。
やっぱ時透さん目が大きい。あと唇がピンクになってるのはリップらしい。化粧は他にしていない。素なの?
なんか、あんまり手入れがいらない髪型らしいけど、えっと、めっちゃかわいくね?
なんかすごいびっくりした。めっちゃイケメンの美容師さんが素材がいいって言っていて、時透さんが鏡を見て結構キョドってた。まじかわいい。えっ、坂やんずるくね?
「どうかな」
「お、おう。かわいい。チョコ欲しい」
美少女化した時透さんのはにかんだみたいな笑顔につられて、俺もキョドった。
知り合い紹介価格と学割で、びっくりするほど安かったらしい。眉毛の整え方とか、化粧するときのコツとか服のコーデも聞いたらしい。これにさらに化粧するの? 坂やんずるくね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます