第2話 バレンタインの1週間くらい前

「なぁ悠平ゆうへい。噂聞いたんだけどさ」

「噂?」

「そう。時透ときとうさんが坂やん狙ってるって」

「ええ?」

 時透奈美子なみこといえば、一部から闇子と呼ばれるクラスメイトだ。クラスに1人くらいの割合でいる闇落ちした人らしい。ほら、なんていうか霊が見えるとか黒魔術とかそういうタイプ。でも、俺らとは絡みはないはず。俺も話した記憶ない気はする。

「なんでまた。坂やんどっか接点あるん?」

「落とし物を拾ってあげたらしい」

「それはまたテンプレな。そんだけ?」

「多分。でも拾ったのは黒魔術の魔法陣」

 時康の話しぶりは茶化すような感じでもなく。だから本当のことだろう。

 恋に落ちるのに理由なんかいらない。そこに落とし穴があるように、気づかずすっぽり落ちてしまうのだ。坂やんが拾ったのは時透さんか落とした魔法陣を描いた紙らしい。

 普通ならドン引くところを多分坂やんは何も考えずに普通に『落としたよ』って渡したんだろうな。その光景が目に浮かぶようだ。

「坂やんも難儀だねぇ」

「そんでさ、結局悠平は坂やん応援すんの?」

「え、まぁ一応? なんで?」

「時透さんが坂やんにチョコ渡すとこ、中根さんに見られるわけにいかないたろ。坂やん絶対普通に受け取るぞ」

「あー」


 それもまた、目に浮かぶわ。

「で、どうしたらいいん?」

「さすがに人がいるときにチョコ渡すとは思えないからさ、俺か悠平のどっちか必ず坂やんといて、もう片方は時透さんにくっついて現在地をもう一方に伝えてさ、近づかないルートで移動するのでどうだ」

「えっそれなんかスパイっぽい。面白そう」

「やるなら真面目にやれよ」

「もちもち」

 こんな面白いこと真面目に素で考える時康大好き。


 そんなわけで俺はバレンタイン当日だけ気をつければいいかと思っていたけど、そう簡単にはいかなかった。俺知らなかったけどさ、黒魔術って準備がいるんだな。時透さんがしょっちゅう坂やんの髪むしろうと画策してるの。

 坂やんはむしられても気にしなさそうだけど、手が進むのを阻止すれば、それだけゴールは遠ざかるってことだよね。だから休み時間とかで不自然に時透さんが坂やんに近づこうとすると、俺か時康が不自然に坂やんに声をかけたて阻む。

 その度に時透さんにキィッて睨まれてる気がする。でも時透さんは隠キャだから、わざわざ文句を言ってきたり話しかけてはこないし実害はないのだ。ちょっと怖いけど。

 そんなわけで俺は今までになく時透さんを観察している訳で、時透さんよく見たら割と可愛い? 髪の毛がぼさぼさだけどさ。とちょっと思った。


 ううん、でも付き合うにはちょっとしんどそう。よくわかんなくて怖いから? 俺も選べる立場では全然ないし誰でもいいかなとも思ってたんだけど。というか誰でもいい気はしてたけど、時透さんはそれ以前に彼女向きではない気がする。

 時透さんが仮に坂やんと付き合うようになったらデートとかするのかな。デート? 黒魔術ショップとか行くんかな。サバトだっけ。そんなのあるのかな。でも坂やん残念真面目だから、普通に悪魔に祈りそう。それはそれでいいのかな。楽しそう?

 わからん。だが多分、時透さんはそもそも坂やんの好みじゃないような気もする。だから多分今告っても中根さん一筋な坂やんは断るだろうし。正直坂やん見張んのも飽きてきた。


 その日の放課後は俺が時透さんを見張る係。

 坂やん見張るより挙動不審な時透さん見張る方が面白いんだけど、時透さんは真剣なので、邪魔してるようでちょっとだけ罪悪感が沸く。

 まあ邪魔してるのは間違い無いんだけどさ。そんで時透さんは坂やんの机の周りで髪の毛落ちてないか床をうろうろ探してた。放課後前に掃除の時間あるから無理じゃ無いかな。

「なーなー時透さん」

「なっ何っ!?」

 あ、警戒あからさま。まあ俺ら邪魔メンズだし仕方ないか。

「あのさ、坂やん好きな人がいるから無理だよ」

「な、なななななんで」

「坂やんは今他の人に絶賛フォーリンラブ中なので1番タイミング悪いと思う」

「で、でも、ほ他に、その、機会が」

 時透さんは真っ赤になって目を伏せる。

 あれ、思ったより普通の反応。闇の波動を飛ばしてきたりはしないのか。


 機会かぁ。バレンタインは告りやすいのかな、タイミングとして。普通に告るより。ホワイトデーはチョコもらえないと告れないから、やっぱりなんか男は不利だよな。

 でもこういうイベント感って大事な気もするし、時透さんも今坂やんが好きなんだろし。イベントこなしたいよねー。えっ、坂やんモテすぎじゃない? ずるくない? モテ期とかいうやつ? 俺のは? なんかすごい複雑な気分。

「今さ、玉砕前提でいきなり告るよりはもう少し作戦練ってからのほうがよいような?」

「作戦っていっても」

「時透さん、そもそも坂やんとあんま話したことないよね? やっぱお友達からというか」

「そそそんな」

 時透さんの顔がポッと赤くなった。なるほど、これが付き合うのサインか。

 時康から坂やんが学校出たっていうメッセが届く。

「まあ、そういうわけで、今はタイミング悪い感じ」

「そう……」

「まぁ元気だしなって。坂やんよりいい奴なんていくらでもいるし? 坂やん天然すぎるし?」

「でも……」

「じゃあ俺帰るからまたー。バイバイ」

「あ、うん。さようなら」


 俺はとりま時康と合流した。

「時透さん、やっぱ坂やん好きでチョコ渡したいんだって」

「うん?」

「直接聞いちゃった」

「ちょ、おま」

「だって飽きたんだもん」

「ハァ、まだ3日目だぞ。けどまあやっぱりな、で、悠平はどうする?」

 どうする、か。バレンタインまであと1週間。

 このまま坂やんを時透さんから防衛するか、成り行きに任せてひょっとしたら中根さんと時透さんのガチバトルになるか。いや、バトルにはならない気はするけど。いろんな意味で。


「時康はどうすんの?」

「俺は坂やんの味方だから、お前が時透さんについても防衛するぞ。それで俺と悠平の仲がちょっとだけ悪くなるんだ」

「ええー? それは嫌ー」

 時康も変に真面目だから、きっとほんのちょっとだけ関係が悪くなるんだろう。それはそれで嫌だけど、だからって何も変わりはしないような気はしなくもない。

「じゃあ悠平も坂やんの味方でいいじゃん」

「でもさぁー。時透さんの恋心を邪魔するのも? 的な」

「恋心」

「時透さん結構真剣じゃん。俺らめっさ呪われそうなことしてるわけよ。馬に蹴られそうなやつ」

 時康はそうか、と言って少し考え込んだ。時康は基本的に女子に甘い。

「そもそも坂やんに時透さんのことどう思ってるか聞いたほうが早くね? まあ無理だと思うけどさ。完全無理なら俺が時透さんをそんなように説得してみるから」

「説得って可能なのか?」

「まあ今日も『今は無理』っていっちゃったし」

「鬼だな」

 でもこういうのって嘘ついても仕方がないのでは?

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