後編 別れ

 朝。


 コットンが目を覚ます時、セリーナはベッドから窓の外を眺めていた。


 坊や、起きたか。


 そう告げてセリーナがフワリと宙を舞ってコットンの前に降りる。


 コットンは何が起きたか分からないようで目を丸くしている。


 私は、とセリーナが言いかけたところで入り口の扉が強く叩かれる。


 何事かとコットンが外に出ると、家には村人で溢れかえっていた。


 吸血鬼がいると教会から聞いたぞ。


 疫病神なんか連れ込んで、村を追い出せ。


 コットンは何が起きているか分からないようだった。


 まるで我が子でも見るかのようにコットンを見つめているセリーナ。


 コットンの横に立つと、その吸血鬼とは私の事かしらと言う。


 村人たちが一歩たじろぐ。


 一人が似顔絵を見せると、


 お前だ、出ていけと喚いている。


 人間、知らないものには恐怖を抱き、排除しようとするものだ。


 僕だってそうだからね。




 早々に追い出されたセリーナとコットンと自分。


 コットンまで出る必要は無かったのだが、自ら申し出た。


 あなたはどうするの、観測者。


 セリーナに聞かれた。


 僕は何もするでもない、ただ君たちを見ているだけだと言う。


 またも小さく笑うセリーナ。


 事態が激しく変わってコットンは理解が追い付いていないようだった。


 この様子だとセリーナが吸血鬼だということも分かっていないだろう。


 パラパラと雨が降って来た。


 ついてないな。


 小さい洞窟に入ると、焚火を起こす。


 何かに気付いたセリーナがコットンに尋ねる。


 私を助けて後悔しているでしょう、と。


 コットンは真っ直ぐとした目でセリーナを見つめ、後悔していないと突っぱねた。


 あまりの勢いにセリーナも面食らったようだった。


 ゴロゴロと音が遠くで響く。


 雷か。


 頭上から砂が降ってくる。


 まさか、落盤か。


 僕は大丈夫だろう、しかしセリーナとコットンが危ない。


 助けようと思ったが、落盤速度の方が圧倒的に早くあっという間に岩に飲まれてしまった。


 耳が反応する。


 何やら、やったぞーという声がする。


 そうか、爆破したんだな。


 重い。


 岩だから当たり前なのだがセリーナとコットンが気がかりだ。


 起きようと思ったが、小さい悲鳴が聞こえる。


 愚か者め、大人しくしていれば黙っていてやったのに。


 セリーナの声だ。


 無事だったか。


 悲鳴があちこちで聞こえる。


 セリーナが暴れているようだ。


 岩をどうにか押し退けて起きると、岩の間にコットンが目を丸くして座っているではないか。


 無事だったのね、観測者。


 セリーナの声が響く。


 周囲に人はいない。


 蹴散らしただけで殺しはしていないようだ。


 セリーナが歩み寄ると、コットンに目線を合わせる。


 坊や、小さいのに男らしいわね。


 私を助けようと身を挺したでしょう。


 セリーナの台詞にコットンは我に返ったのか何で自分が生きているのか尋ねた。


 坊やには悪いが眷属とさせてもらったわ。


 わざとらしく高笑いするセリーナにキョトンとしているコットン。


 分からないよね。


 つまりはセリーナの仲間になって死なないようにしてくれたんだよ。


 そう僕が教えるとやっと合点がいったのかコットンは目を輝かせた。


 ありがとうと大きい声でセリーナに言う。


 私はお前を質の悪い吸血鬼にしたのよ。


 呆れた顔でセリーナが呟く。


 セリーナさんが無事でよかった。


 コットンは泣いていた。


 バカなの坊やは、状況が分かっていないのかしら。


 セリーナは続けるが、そんなセリーナにコットンが抱き着く。


 優しいセリーナさん、死なないで。


 その言葉に僕はぎょっとした。


 よく見るとセリーナの顔色が悪い。


 まさか。


 坊やは鋭い子ね。


 そう言うとセリーナが崩れ落ちた。


 コットンがずっと死なないでと泣き喚いている。


 ここで私が死ねば坊やは私の眷属の呪縛から逃れることが出来る。


 人として死ねるの。


 助けることが出来てよかったわ。


 零れ落ちる砂のように黒い霧となって風に乗り霧散するセリーナ。


 僕は観測者だ。


 ここでセリーナを助けることはできない。


 コットンは僕がそれをできる事も知らないだろう。


 告げることも出来る。


 だが僕は汚い人間だ。


 それをしなかった。




 これからどうするんだい、コットン。


 幾度となく訪れた悲しみの波を超えてコットンに問う。


 彼はもう泣いていなかった。


 僕はセリーナの眷属、コットンだ。


 悲しみが彼を強くしたのか、大切な人を失くした義務感か。


 コットンを家まで送ると再びセリーナの散った場所に帰って来た。


 本当はこういうのは良くないんだけど。


 両目を閉じて風の流れを感じ取る。


 目を開けると、あひる座りの少女が一人。


 やってくれたわね、観測者。


 口調は怒っていたが、少女は笑っていた。


 コットンはどうしたの。


 少女が問う。


 僕は小さく笑って、君の眷属は家に帰ったよと言う。


 私に縛られたのね、可哀想に。


 笑いもせず呟き、女の子が服をはたきながら立ち上がる。


 何年私を進めたかと少女が問う。


 僕は、知らない、還ってくるまで。


 返事を濁した。


 あなたも愚かね。


 少女がそう言いながら前を歩く。


 死んだ吸血鬼は生き返る時まで、死ぬまでに生きた年数を眠る。


 2023年私を進めたのよ。


 観測者よ、あなたの明晰夢とやらは通常のそれではない。


 だが嫌いじゃないわ。


 あなたも私の眷属にしてやろうかしら。


 還って来たセリーナが呟く。


 どういう名前をくれるんだい。


 少し気になったので尋ねてみる。


 バカね、分かっていて聞いているでしょう。


 前を歩いていたセリーナが怒りながら振り返る。


 そこには以前によく似た顔のセリーナが。


 二つをその場で比べなければ間違いなく誰にもセリーナだと分からない。


 さて、どうしようかな。


 セリーナと名乗ったらコットンは嫌な顔をするかしら。


 彼女らしからぬ言葉が聞こえる。


 コットンだけには打ち明けたらいい。


 なんなら同席しようか、信憑性が高まる。


 僕が言うと、面倒をかけるわねと言ったセリーナ。


 コットンの家に行き、生まれ変わりだけどセリーナだ。


 眷属にした記憶もあるわよ坊や、いやコットン。


 そうセリーナが笑顔で告げるとコットンは泣いて喜んだ。




 セリーナは気付いているだろうか。


 復活した吸血鬼は吸血鬼なのは間違いないのだが、


 時間を進められることで強制的に復活した吸血鬼には例外事項があると。


 コットンと幸せになってね。


 明るい声が響く家をそっと後にして扉を閉じる。


 今度は僕が消える番だ。


 確かに見届けたよ。


 君たちを。

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吸血鬼セリーナとコットン 大餅 おしるこ @Shun-Kisaragi

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