吸血鬼セリーナとコットン

大餅 おしるこ

前編 出会い

 あるところに炭鉱夫の見習いの少年が居た。


 父は落盤事故で亡くなった。


 母もいない。


 今は雑用ばかりだけど、いずれは僕も戦力になる。


 そう決めて。




 帰り道。


 ボロボロの衣装の女の子が倒れていた。


 慌てて駆け寄る。


 呼吸が荒い。


 危険かもしれない。


 でもこんな夜闇に誰に助けを乞えばいいのか。


 少女は自分から離れろと言う。


 でも。


 ここで自分がカメラを回していると気付いた。


 こういう夢も久しいね。


 幼少期以来か。


 問答している少女と少年に近寄る。


 僕が近づくと二人は驚いてこちらを見ている。


 何て名乗ろうか、観測者とか言うんですよ。


 で、いい?


 少年はそれを聞くなり女の子を助けてくれと言った。


 女の子を見るが警戒している。


 この警戒の仕方、成程ね。


 少年に告げる。


 この子は放っておいても助かるが、今は追われているようだ。


 助けるも助けないも君次第だが、どの選択をしても後悔だけはしてはならない。


 少年は少し考えた後、抵抗する少女に肩を貸した。


 そういう選択をするか。


 なら、応援しないとね。


 何とか引き離そうとする少女だったが、僕を含む二人に引かれて諦めたようだった。




 少年の家に着くと、少年は大慌て。


 服から、手当から、ご飯から。


 ほぼパニックな少年にご飯をお願いと告げると、台所へ消えていった。


 少女は僕が何者かまでは分からないようだが、恐らく介入者だということは気付いたようだった。


 少年には難しいであろう着衣の交換を真っ先に。


 手当は、要らないようだ。


 擦り傷が多少残ってはいるが秒の経過で消えていっている。


 ベッドに少女を横たえると少女が少し口を開く。


 多分年齢では私の方が上だろうけれど、どこから来たかだけ聞きたいと。


 西暦は2023年から、とだけ告げると少女は目を丸くする。


 驚いたことに少女からはここはまだ西暦693年だと告げられた。


 大分飛んだな、窓の外を見ながら呟くと少女が小さく笑う。


 変な服を着ているのね、と。


 自分を見ると、猫のキャラクターのもこもこパーカーを着ていた。


 気に入っているんだと言うと、少女は何か見透かしたように


 そう、とだけ言った。


 少年が晩御飯を用意して持ってくる。


 ご飯を並べるのを手伝った後、僕は二人に名前を尋ねた。


 少年はコットンと名乗った。


 顔に黒鉛か石炭かで擦ったような跡が付いている。


 良く笑う明るい少年だった。


 対して少女はセリーナ、とだけ名乗った。


 セリーナはあまり笑わない少女だった。


 コットンも変わった服を着ているねという。


 この時代にパーカーってあったんだろうか。


 まぁ第一に自分の夢だしもっと分からないことにはなるのだが。


 セリーナに聞かれた時と同様に気に入っていると言うと、コットンは着てみたいと言った。


 猫のパーカーを脱いで着せてあげると、ブカブカ。


 フード部分は何に使うのか尋ねられたので被ると答えたら被ったのはいいが、余程大きかったのか顔が殆ど覆われてしまった。


 セリーナは小さく笑うと、コットンも嬉しそうに笑っていた。




 ご飯を頂いて、コットンが眠りにつくと横で寝ていた自分の背にコツリと何かが当たる。


 振り返ると、セリーナだった。


 話があるからついて来い、そう言って静かに外に出た。


 自分の正体に気付いているのかとセリーナ。


 僕は夢の主だから間違いなく当たっているだろうと言う。


 夢か、とセリーナの表情に影が落ちる。


 吸血鬼なんだろう。


 僕の言葉に驚くことも無くセリーナは頷いて答えた。


 ただ僕はあくまで夢の管理人であって現場は分からない、聞かないと分からないことも多い。


 現に君たちの名前すら分からなかった。


 そう言うと、セリーナは不思議そうな顔をして答えた。


 じゃあ、私が教会に追われて殺されかけたことも知らないのか、と。


 言うまでも無く分からなかった。


 しかし、そんな僕にセリーナは嘲笑するわけでもなく切り株に腰を落とすと月を仰いだ。


 今夜は、満月だからね。


 何が起きても驚かない。


 私が本当なら死んでいたとしても、それは時代だから仕方がないと。


 生殺与奪が表向きではなく平気で行われているのだろう。


 恐らく彼女たちの時代は終わりなのかもしれないが。


 しかし、セリーナに悪意があるようには見えない。


 ただ黙って死を受け入れる、そんな達観したある種の恐ろしさがあった。


 おそらく彼女の十分の一も生きていないであろう自分には難しい話だ。


 難しい顔をしているのが分かったのか、セリーナは年齢を明かした。


 2023歳。


 その時に頭に電撃が走ったような衝撃を受けた。


 偶然ではない。


 彼女は近々死ぬのだ。


 それを遅らせてしまった。


 偉そうにコットンに選択肢を与えたが、セリーナの事を考えていなかった。


 謝罪しようとしたら、驚いた。


 セリーナが笑ったのだ。


 生きている方がいいに決まっているじゃない。


 いずれは死ぬけれど早いか遅いかだけかなんてつまらない。


 私はその早いか遅いかの時に、を重きに生きている。


 謝られたら迷惑だ、私の人生なのだから。


 本当に長生きをしているんだな。


 その姿は仮のものか聞いたらセリーナは首を横に振った。


 この姿が一番都合がいいから、それだけ言った刹那。


 彼女に背後を取られた。


 しまった、と思った次の瞬間に何か嫌な音がした。


 背中に何かが下がる感触。


 振り返った時に足元にセリーナが倒れている事に気が付いた。


 彼女の身体には数本の矢が刺さっている。


 まさか、僕の盾になったのか。


 数人が剣を持って駆けてくる。


 考える暇がない。


 僕は目を見開くと、顔を突き出した。


 リン、と音がして襲って来ていた数人の動きが封じられ、後方へ吹き飛ぶ。


 教会の手先か。


 恐らくは後をつけられたのだろう。


 セリーナが片腕を抑えながら立ち上がると、


 見たか教会の愚兵共、この者は我の支配下にある。


 死にたくなくば去れ、と。


 敵は何か捨て台詞を吐いて行ったが、よくは聞こえなかった。


 やれやれ、と言いながらセリーナは矢を引き抜いている。


 痛くは無いのか、と尋ねた。


 予測できれば痛覚は殺せるそうだ。


 ところで、僕がセリーナの支配下にいるってどういう事だ。


 文句を垂れたが、セリーナは相変わらず小さく笑って


 あなたも巻き添えよ、バカ。


 とだけ言うと、今度は僕に質問を投げかけて来た。


 さっき追っ手を跳ね除けた力は何だ、観測者じゃなかったのかと。


 観測はするが傍観者ではないと言う。


 夢だから思うようにはある程度は出来る、明晰夢だと告げた。


 するとセリーナの目がキラキラと輝く。


 まるで宝物を見つけた純粋な子供の様だった。


 明晰夢は噂には聞いていたが超能力レベルのものは初めて見た。


 ここまでの腕を持つものは生きて以来無い。


 セリーナは嬉しそうだったが、盾になってくれたことに感謝を告げると


 大体の人間は血を見るとたじろぐからそうしただけだ。


 私の血を見て尚、反撃に出るとは大したものだとセリーナは小さく笑う。


 服が血塗れになっちゃったね、と言うと


 セリーナが私を誰だと思っているの、吸血鬼よ。


 そう言うと、色を移すように血が抜け地面に落ちた。


 これであの坊やにも気付かれずに済むだろう、そう言って僕を離れから手招く。


 当分追ってはこない。


 これ以上は坊やにバレる。


 そう言ってセリーナは少年の家に帰って行った。


 これから起こる未来がおおよそ見えている自分にはそれをなぞることが苦痛でしかなかった。

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