失ったPiece Ⅰ
神代家は母子家庭だった。
神代蓮は、自分の父親が誰であるのかも知らずに生きてきた。
神代蓮の母親は平日は夜遅くまで仕事をして、帰って来ると酒に溺れて息子を殴り、急にしおらしくなって謝り始めることを繰り返していた。子供ながらに、母親が精神的にイカレてしまっていることに気が付いていた神代蓮は、生まれつきの白髪を憎みながら、母親のことは嫌っていなかった。
神代蓮の住むアパートには、自分と同い年の子供が二人いた。二人とも子供ながらに美しい少女で、神代蓮とはすぐに仲良くなった。その一人が、榊原椿である。
「れん! なんで先に行っちゃうの!」
「……別に、待ってても仕方ないじゃん」
母親は外聞を気にして、顔を殴らないようにしていたので、神代蓮は幼馴染にもバレないように日常を過ごしていた。この頃の彼は特に感情が薄く、幼馴染である二人の少女と遊んでいる時にしか感情を表に出さなかった。学校でも生まれつきの白髪が原因でいじめられていたからである。
「つばき、そんなに怒らなくてもいいじゃん。ね、かみしろくん」
「いや、それを僕が頷くのは……」
「もぉ!」
椿の横で微笑む少女の名は、朝倉日菜という。アグレッシブな性格をしている榊原椿とは対照的に、朝倉日菜という少女はとにかく物腰柔らかで穏やかな性格をしていた。
子供とは思えないほど理知的な行動をする神代蓮と、それに騒ぎながら付いてまわる榊原椿とそれを宥めるような朝倉日菜。三人は常に一緒に行動していた。
学校ではいじめられ、家では母親の暴力を受けていた彼にとって、幼馴染との日常は大切なものだった。
幼馴染である朝倉日菜と榊原椿は、神代蓮が母親から日常的に暴力を受けていることを、薄々ではあるが気が付いていた。当然、子供なので何が行われているのかは全く理解していなかったが、彼が母親に普段からずっと怒られていることだけを理解していた。もし、ここで神代蓮が暴力を受けていることを告白していたら、きっと二人の少女は必死に動き回っただろう。それだけ、二人は神代蓮という少年のことを大切にしていた。
「ねぇ、れんは将来なにになるの?」
「……公務員」
「こ、こうむいん? なにそれ」
「色々」
「ふふ……つばきは?」
「正義のヒーロー」
「……冗談だよね?」
「本気!」
「じゃあ、日菜は?」
「わたしは……お嫁さん、とか?」
将来の夢まで語り合った三人は、ただただこの日常がずっと続いていくものだと思っていた。
数年後、その理想がどれだけ甘く、現実がどれだけ残酷であったかを知ることになる。
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