幕間 決別したJoker

「むっ!?」

「消えた?」

「むぅ……逃げられたな」


 しゃがれた声で仕込み杖から刀身を覗かせていた老人は、捉えていた少年がいなくなっていたことに対して不満気な声を出した。


「なんだい、あのギフトは?」

「時間の加速と停止、ぐらいしかわかっていない」

「ほぉ……そいつはまた、面倒なのが敵に回ったな」

「ま、待ってください!?」


 エレボスの口から神代蓮のギフトについて語られたことに対して、周囲の幹部はそれを敵と認定した。それを察した榊原椿は、すぐに抗議の声を上げようとするが、周囲の他の幹部から同時に敵意を向けられる。それは、前々から椿が蓮を庇っていたからである。


「組織の決定は全てにおいて優先される。それはお前も納得していたはずだヘルヘイム」

「組織の意見に抗議する権利があると言ったのも貴女ですエレボス団長! 何故、蓮が敵だと認識されなければならないんですかっ!?」

「あの男は組織の決定を無視し、自らの為にギフトを使おうとしている。それ以外になにがある?」

「……納得できません。人の命を助けることはそれほど悪いことなんですか?」


 幹部たちは、椿の身体から少しずつ漏れ出ているオーラに目を見開いた。中学生にして強力なギフトを持ち、すぐに青の騎士団の幹部として認められた椿は、青の騎士団のことを第一に考える人間だった。簡単に言えば、子供だからあっさりと青の騎士団に心酔した訳だ。その椿が、納得できないからと青の騎士団に敵対しそうになっている。その事実に、古参のメンバーは驚いていた。


 椿にとって青の騎士団とは自分の居場所であり、そこの構成員は家族のような者たちだ。しかし、椿にとって蓮とは生きることそのものであると言ってもいい。ギフトに目覚めたばかりの椿が、一般人の日常生活を守るために戦おうと言われて、その志に理解を示したのは、蓮を守りたかったからだった。彼女にとって青の騎士団は大事な居場所だが、蓮と等価交換で成り立つものは椿の中に存在しない。

 椿のそんな心の内を一番早く察したのは、椿を青の騎士団に勧誘した本人であるドゥアトだった。そして、このまま神代蓮を敵として切り捨てた瞬間に、榊原椿という暴君はすぐにでも暴れ出すだろうことを、理解していた。


「団長、彼の行動は確かに組織に逆らうものではありますが、敵対するものではないかと」

「……何が言いたい?」

「彼を利用して、ビアンコを潰せばロッソに恩が売れるのでは?」


 ドゥアトは椿を青の騎士団から放出するのは危険だと思っている。だからこそ、エレボスが頷きやすいように打算めいた言葉をかける。エレボスも、長い付き合いであるドゥアトが急に打算めいたことを言い始めた意図の七割はすぐに理解して、物騒な雰囲気を鎮める。


「…………わかった。ただし、このまま青の騎士団に帰ってこなければ敵とみなす」

「それで構いません。その時は……」


 蓮について行く。

 椿は言葉にしなかったが、その場にいる誰もがその先を理解した。

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