幕間 忍び寄るShadow Ⅰ

「クソっ!?」


 青の騎士団から謹慎処分を受けた灰崎慎太は、自宅近くの空き地で物に当たっていた。

 自分の後から入ってきた神代蓮という男は、灰崎慎太にとって最悪の相手であると言えた。何故ならば、彼が心から欲している女性である榊原椿の幼馴染であり、親しい仲なのだから。まるで小学生のような八つ当たりに近い感情だが、灰崎慎太という人間にとってはなによりも重要なことだった。


 灰崎慎太は、家族を顧みない典型的な仕事人間の父親と、平日の昼間からだらだらとネットで愚痴りながら家事をこなす典型的な専業主婦の母親との間に産まれた。別段、貧しい思いをした訳でも恵まれてもいない人生を送っていたが、なんとなく両親の仲の悪さから家にいる時間が短くなり、必然的に不良と呼ばれる少年たちと関わるようになっていく。

 彼には、恵まれた体格と他人に対して暴力を振るう才能があった。瞬く間に不良少年たちのトップに君臨した彼は、高校生になるまで失敗らしい失敗をしたことがない人生を送る。しかし、その高校で彼は史上最低の屈辱と失敗を味わうことになる。


 彼にとっての同級生の異性とは、自分の顔に惹かれ、自分の体格に惹かれ、自分の暴力に惹かれる程度の存在だった。彼は人並みに美しい同級生が好きではあったが、本気で恋というものを経験したことが無かった。

 春木高校に進学して出会った榊原椿という女性に、心の底から惚れてしまった。しかし、彼の人生の経験から女を口説き落とす方法などわかる訳がない。彼にとっての女生徒は向こうから寄ってくるものなのだ。しかも、榊原椿には仲がいい幼馴染の男がいた。自分には素っ気なく冷たいはずの女が、幼馴染の男には感情豊かに接することに対して、心の底からドス黒い嫉妬心となって溢れ出す。結果、幼馴染の優男であった神代蓮は、彼からいじめられる対象となった。ただ、どれだけ神代蓮に対して暴行しても、榊原椿という女性はどんどん神代蓮の方へと流れていく。彼が自分よりも優れた体格で、自分と同じくらい女受けがいい顔をしているのも気に入らない部分だった。


 ある日、むしゃくしゃした気分のまま街を一人であるいていた灰崎慎太は、裏世界へと引きずり込まれることになる。そこで目についた果実を口にしたことで、彼はギフトに目覚めて青の騎士団へと入団することになる。


 対象を『発火』させることができるギフトは、彼に全能感を与えた。そして、青の騎士団内で彼は幹部であるヘルヘイム、つまり榊原椿と偶然にも出くわした。彼女が青の騎士団に所属していることと、同年代では自分と榊原椿しかいないという事実に、彼の自尊心は満たされていった。何もしていない優男の幼馴染とは違い、榊原椿と同じ目線で、ギフトを使って命を懸けて戦うことができる自分こそが、やはりあの美しい女性には相応しいのだと、彼は舞い上がった。

 しかし、彼の考えていたような甘い出来事は起きるはずもない。何故ならば、単純に榊原椿が灰崎慎太のことをなんとも思っていないことに加えて、彼女は組織に認められた幹部であるため、一組織員である灰崎慎太とは全く別の仕事をしていることが多いからだ。


 結局、自分と二人だけの特別な関係だと思い込んでいたのは灰崎慎太だけで、榊原椿との関係が深まることはなく時間だけが過ぎていく日々の苛立ちを、彼は幼馴染の男である神代蓮へとぶつけ続けていた。

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