踏み込んだUnderworld Ⅲ

「覚悟はあります。必要ならば僕は人を殺すことだって厭わない」


 本心だった。今までの人生で興味を持ったものもないし、本当につまらない人生を送ってきた自覚は持っている。そんな僕でも、自分の命を懸けて、他人の命を奪うと言う行為を覚悟してでも守りたいものができた。


「……いい目、とは言えないな。その目は、自分の邪魔をする者を自分から殺す覚悟のある人間の目だ」


 エレボスと名乗ったこの少女は、何歳なのだろうか。どう見たって15歳程度の少女にしか見えないのに、放たれる圧力は人生で一度も味わったこともないプレッシャーだ。

 だが、僕はこんな圧力に負けていられない。どうしても、この組織に対して聞きたいことがあるのだ。


「椿は……自分の意思でこの組織にいるんですか?」

「ん? ヘルヘイムのことか?」

「はい」

「ふむ」


 僕にとってはとても大事なことだ。椿がどういう意思でこの組織にいるのか。それを聞かなければ、僕はこの組織に入って戦うということを選択できない。返ってくる言葉によっては、死ぬことも覚悟している。


 たっぷりと時間を使って思案してから、エレボスはにっこりとした笑みを浮かべた。


「そんなものは本人に聞け。私は、ただ手を差し伸べただけにすぎない」

「私は、自分が守りたいと思ったものの為に戦っている。入団したのは数年前……中学生の時だったが、後悔はしていない」


 中学生の時と言われて、僕は丁度のその頃は椿との関わりが薄くなっていた時期だから気が付かなくて当然だと思った。

 椿の目には曇りなんて一切なくて、昔の泣き虫だった頃と一緒だった。今は泣き虫ではなくなったようだけど。


「……ごめん。椿が無理を言って組織に入れられていたら、どうしようかと思って」

「気にしなくていい。蓮が私のことを心配してくれていると知れただけで、嬉しい」


 椿が少し恥ずかしそうにはにかんでいて、顔を逸らしてしまった。あまりにも顔面が良すぎる。こんな魅力的な女性はテレビでも見かけないのではなかろうか。いや、そもそもテレビ見ないから知らないけど。


「良さそうだな。なら、ヘルヘイムは一旦席を外してくれ……そう不満そうな顔をするな。ドゥアト、書類を頼む」

「はい」

「わかりました」


 エレボスの言葉に従って、少しだけ名残惜しそうに椿が部屋から出て行った。そんなにこの部屋にいたかったのか。

 秘書のドゥアトさんが持ってきた書類には、名前を記入する欄があり、ペンを渡されたので書類を隅まで読む。


「おぉ……今時の若者の癖に書類をしっかり読むタイプだ」

「当たり前ですよ。どんな詐欺に引っかかるかわかったもんじゃない」

「その通りだな。ところで……」


 書類の文字を目で追っていたが、再びエレボスが圧力を醸し出しながら足を組んだのを見て、視線だけ上に向けて身体の中の能力へと意識を向ける。


「さっきヘルヘイム、椿が無理やり入れられていると言ったらどうするつもりだったのか聞いてもいいか?」

「この場にいる者、全員を殺して椿を連れ出していました」

「──できる、と?」

「できる、できないは、問題ではないので」


 それが僕の本心だ。椿が逃げたがっているというのなら、僕は自分の命を使ってでも椿をこの組織から逃がしていた。

 目の前で座っているエレボスが、僕が昨日倒したマーダーよりも遥かに格上なのは感じている。しかし、それでも僕の答えは変わらない。


「ふっ……お前は騎士団向きだよ」


 苦笑いを浮かべているエレボスの横で、冷や汗を流しているドゥアトさんが印象に残っていた。

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