目覚めるPower Ⅳ

「え?」

「大丈夫か、椿」

「う、うん」


 加速を乗せた拳を叩き込んだはずなのに、マーダーの頬骨が砕けるような感触なんて全くなかった。あのピエロが特別硬いのか、それとも椿たちのような能力を持っている人間はなにかしらの力で身体を強化していたりするのか。


「イたいネ。こコまでキョうりょクなノうリョくもヒサしくみてイナいヨ」

「そうかい……椿、超能力者ってみんな硬いのか?」

「い、いや、マーダーは強化がとにかく強いと聞いたことがある」

「強化……そういう力もあるのか」


 マーダーがとにかく強いと言うのならば、恐らく椿が十メートルぐらい上に飛んでいたのもその強化とかいう力が原因なのだろう。そうなると、僕もその強化とやらを使わないと腕の骨の方が先にイカレてしまいそうだ。

 そこで、椿がさっき剣を使っていたことを思い出した。


「椿、さっき使ってた剣!」

「あ、あれは私にしか使えない!」

「じゃあなんでもいいから武器!」

「させナい」


 口から血の混じった唾を吐き出してから、マーダーは一直線にこちらへ向かってきた。単純に考えるならば、僕の能力を把握していないから突っ込んできたように思えるが、正直マーダーはイカレているが頭の働く女だ。無策で突っ込んでくるとは思えない。


「くそっ!」

「うゴきがシロうトだ」


 僕は別に格闘技なんて習ってもないし、椿のように圧倒的な身体能力がある訳でもない。だから適当に殴ろうと前に出した拳は簡単に避けられてしまう。だが、僕の能力はマーダーの想定を超えていける。


「ッ!? やはリはヤイ!」


 拳が避けられて隙だらけになった身体に向かって、どこかに隠し持っていたのか、マーダーは握っているナイフを突き出した。しかし、僕の加速はマーダーの身体能力を遥かに超越する速度で動くことができる。

 やはりマーダーは僕の能力が加速であると考えて突っ込んできていたようで、ナイフを避けられながらも、能力を発動して左右から挟み込むに手を展開していたが、加速した状態の僕にはそんなマーダーの動きなんて欠伸が出るほどの速度に見える。

 崩れた態勢を立て直してから、ナイフを持っている手を思いきり蹴り、腹部に加速の勢いを乗せた拳を全力で当て、そのまま固まっている椿を抱えてその場から離れる。


「うわっ!?」

「なんか武器!」

「わ、わかった」


 椿は未だに困惑しているようだが、僕がとんでもない速度で動いていることだけを理解したようだ。とにかく、僕の生身の肉体ではマーダーの人体急所を何回殴っても倒せる気がしない。


「はい!」

「……なに、これ?」

「そこの建物の鉄筋を抜いてきたんだ」


 それって鉄筋コンクリートから鉄筋だけを抜いて来たということかな?

 念動力ってなんでもありなのか?


 いや、今は贅沢なことを言っていられない。僕はこれから一つの覚悟を決めなければならないんだ。正当防衛になるかもしれないし、相手は慈悲もない殺人ピエロでしかないが、それでも覚悟をしなければならない。


 この手で、人を殺すという覚悟を。

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