目覚めるPower Ⅰ

「さテ……あオキしのカンぶをコロさなイと」

「……待て、よ」

「ハ?」


 椿に手出しはさせない。

 さっきから言っている「あおきしのかんぶ」とかいうのは知らないが、このイカレピエロが狙っているのは間違いなく椿だ。僕の顔に付着した血の量からいって、椿は生きているが動けなさそうだ。だから、ここは僕が食い止める……いや、僕がこのイカレピエロをなんとかする。


「椿に、何もするな」

「つバキ? そレは「へルヘいム」ノことヲいッテいるノカい?」

「お前の言う「へるへいむ」とやらが何かは知らないけど、僕が言っているのはさっきお前が吹き飛ばした女の子だ」


 口に出すだけで怒りが溜まってくる。身体の中の血液が沸騰するような熱量の怒りを感じながら、イカレピエロの言葉に冷静に返す。このイカレピエロと椿は、僕の理解できないなにか能力のような力を持っていて、その能力で椿は吹き飛ばされたんだ。


「じゃア「ヘルへいム」でアッていルよ」

「なら、お前は許せない」


 肯定の言葉に対して、僕は最短距離で近づいて拳を振りかぶった。


「……なんカいもイワせるナよ。いッパんジンがカテるとおもッタのカ?」

「勝てるさ! お前みたいに椿を傷つける奴を、僕は許さないと決めているんだ!」

「いミがワカらないヨ」


 イカレピエロが首を傾げながら手をこちらに向けた。同時に、ピエロの身体から大きな手のようなものが出てきた。握り拳の状態で出てきた手は、身長が高い僕よりも大きく、二メートルぐらいはありそうだが見えるのならば避けられる。

 なんだか身体がいつもよりも上手く動かせる気がする。凄い速度で繰り出されているはずの大きな拳が、ゆっくりと遅くなっているように見える。


「ハ? まさカっ!? こいツ、テンねンモのか!?」

「くたばれクソピエロっ!」


 なにか動揺しているようだったが、なんとかピエロの顔に拳を叩き込めた。このまま殴り抜いてしまえばこいつを倒すことができるかもしれない。そう思って力を込めようとして、ピエロの動きが止まっていることに気が付いた。


「え?」


 ピエロだけではない。さっきまで光ながら動いていた繫華街のネオンも、滴り落ちていた芋虫の化け物が流していた体液も止まっている。俺以外の全てが止まっているんだ。


「っ! なにかわからないがチャンス!」


 止まっているならば防御も容赦も必要ない。そのままイカレピエロ女の身体に拳がめり込むぐらいの勢いで殴り、腹を勢い良く蹴った。


「ブげェッ!?」


 同時に、周囲の全てが動き始め、ピエロは二発殴ったぶんと一発蹴りをいれた態勢のまま吹き飛んでいった。

 今の全てが止まったような風景がなんだったのかはわからないが、とりあえずピエロを殴り飛ばすことには成功したんだ。早く椿を助けに行かないと。


 椿が飛ばされていった店員のいないコンビニに入ると、椿は咳をしながらうずくまっていた。どうやら身体にあのピエロが出していた拳を直接受けたみたいで、立ち上がろうとするとフラフラするようだ。


「椿!」

「れ、んくん……ぶじかい?」

「僕は大丈夫だ。あのピエロは殴っておいたよ」

「ま、マーダーを?」


 マーダーというのがあのピエロの名前なのだろうか。殺人者とは気狂いのイカレピエロにはお似合いの名前だが、今はそんなことを考えている暇はない。


「立て、ないか?」

「だ、大丈夫……すぐに立てるようになるから」


 未だに自分がなにに巻き込まれているのかはわからないけど、とりあえず椿は無事そうで安心した。

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