降ってきたCrisis Ⅱ
「動いちゃダメだって言ったのに……全く蓮は」
「ご、ごめん」
異形の怪物が椿の背後で苦しみ悶えていた。よく見ると、何十本もあった脚のうち数本がなくなっていた。青い血液をだらだらと流しながら、芋虫はのたうち回って周囲の建物を破壊している中、椿は僕の顔を見て心底安心したという表情を浮かべていた。
「今度こそ、ここでじっとしていてくれ」
「え? あんなのと戦うのか!?」
椿の身体能力がいくら高いと言っても人間レベルの話だ。あんな異形な怪物と戦う方法なんてある訳がない。そう思って椿を引き留めようとしたのに、椿は困ったような顔で僕の手を優しく解いた。
「大丈夫……あの程度ならすぐに終わるさ」
優し気な笑みを浮かべてから、椿は十メートルぐらい空に飛びあがった。
人間がジャンプで建物の屋上まで行ってしまったことに、口が開きっぱなしだ。いつの間にか、椿はびっくり人間になっていたらしい。
「気持ち悪い怪物だが……私の敵ではないっ!」
『グギュエェェェェェェ!』
路地裏から追いかけて繫華街の中心に出ると、空中で椿が怪物を頭から尻尾に向かって真っ二つにしている姿が見えた。そこら中に青色の体液をまき散らしながら地上に叩き落された芋虫は誰がどう見ても死んでいた。
二十メートルぐらい上に飛んでいた椿はどうなっているのかと思って見上げると、なんてことはなく空中に立っていた。もはや何でもありだ。いつの間にか手の中に握られていた剣に付着した血を払いながら、椿はこちらに降りてきた。
「……やっぱり蓮も適正者だったんだね」
「て、適正者?」
「私は君を巻き込みたくないと思っていたけど……こんなことになってしまっては巻き込まない訳にも、いかないかな」
椿が何を言っているのかはわからないが、悲しそうな顔で微笑んでいるのだけは理解できた。彼女は、僕をこの超常現象に巻き込みたくなかったと言っているのだろうか。そうすると、椿は僕の知らないところでこんなことをいつも続けていたのだろうか。文字通り、命を懸けて。
「詳しい話は後から──」
「ばーン」
なにかを喋ろうとしていた椿が突然、横に向かって吹き飛ばされた。顔に生温かいものが付着した気がする。信じたくない思いで顔に付着したものに触れると、べっとりと手についてしまった。手に付いたものをよく見てみると、赤黒い液体でどこか鉄のような匂いのする液体だった。
「っ!? 椿っ!」
これが椿の血であると、理解してしまった僕はすぐに椿が吹き飛ばされて突っ込んでいった建物の方へと近寄ろうとしたが、目の前にふざけたピエロのような恰好をした女が降り立った。
「ン? キみはデーたにナイよ? あオキしじャないネ?」
「あ、あおきし?」
このピエロはなにを言っているんだ?
椿を攻撃したのはこいつなのか?
椿を攻撃したのが本当にこいつなら、僕はこいつから逃げるべきだ。だって椿もこのピエロも、きっと超常的な能力を持っていて一般人では勝てないんだから。
「あァー……キみ、いッパんジンのテキセいしャか。じゃアわたシタチのそシきにくルかい?」
「……あぁぁぁぁぁぁ!」
大切な幼馴染である椿が攻撃されて、そのまま黙って逃げられる訳がない!
このふざけたピエロを殴り飛ばして、僕は椿を助けにいかなくちゃいけないんだ。ずっと昔から、椿が困っている時は僕が助けるって約束なんだ!
「ハ? いッパんジンがカテるとおもッタの?」
「がっ!?」
なにをされたのか全くわからないけど、身体全体に痛みが現れて椿と同じように建物に向かって吹き飛んでしまった。店のガラスを割りながら壁に叩きつけられて、肺の中にあった空気が全て吐き出される感覚で身体が苦しくなる。
灰崎君に蹴られた痛みなんて忘れてしまうほどの苦痛に、意識が沈んでいきそうだ。結局、僕は椿を助けることなんてできない、軟弱な存在でしかなかったんだ。
「れ、ん……」
椿の弱々しい声が、聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます