第26話 質問
お風呂をあがって部屋に戻る。服は旅館で出る浴衣みたいなものが用意されていた。本当に休日の旅行みたいな気分になってきた。
部屋では使用人さんがなんだか豪華な食事をちょうど並べているところだった。四角いテーブルの上にお盆があって、その上でなんだかお高そうなお皿に色々盛りつけられている。
……めっちゃ豪華だ。
「あの……これは?」
「夕食です。火が通るまではまだかかるので、座ってお待ちください」
「ご、豪華ですね」
「みんな暇なんですよ」
三鳩さんと同じことを言う。暇だと豪華になるのか……?
疑問を覚えながらも言われた通り並べられた食事の前の座布団に正座する。
海鮮のお鍋がメインのメニューだった。その周りにご飯とか、お肉とか、小鉢によそわれたものとか、漬物とか、お味噌汁とか、色々ある。
使用人さんが俺の前のお鍋と、もう一つ置かれたお鍋に火を点けた。
「……そっちの食事は使用人さんのものですか?」
「いえ、お嬢様ですよ」
なるほど。
なるほど……。
「よるみ……日奈さんもここで食べるんですね」
「ええ。お二人は許嫁なんですから、別々ということはありません」
た、たしかに。そうかもしれない。
許嫁という関係はなかなか現実味が無いせいか、普段で意識することは少ない。でも夜宮家は許嫁ということをみんな知っているし、そう扱ってくる。なのでちょっとびっくりすることがある。
「そろそろお嬢様もいらっしゃるでしょうから、お待ちくださいね」
「あ、はい」
「それまで……少し質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「ずばり、お嬢様のどこが可愛いと思いますか?」
「……ええ!?」
それから主に夜宮について色々と聞かれた。「しっかりしていそうでちょっと抜けているところ……?」とか俺は答えていた。
うまくあしらえたらいいのに……。
真面目に答えてしまうのは俺が口下手なせいなのかどうなのか。
答える度に使用人さんは目を輝かせながら「おお……」とか声を漏らしている。
なんなんだこの人は。学生の話を聞いて何をしようとしてるんだ。
それに、気づいたらなんか外からも同じような声が聞こえてきた。
ふと目を向けたら使用人さんがめっちゃいた。
暇な人が多すぎる。
そんな野次馬の皆様からも質問が飛んでくる。
「お嬢様との同棲の予定はありますか!」
「トレーニングとかしてます?」
「許嫁になると決めたきっかけはなんですか!」
「ないです」
「してます」
「……し、幸せにしたいというかなんというか……」
最後のを答えたら「おおお……」と過去最高のどよめきが部屋の周りを覆った。
顔を赤くしている人もいる。使用人さんは割と若い人も多い。
な、なんていたたまれない空間なんだ。
「あっ、お嬢様です!」
外の使用人さんの一人がそんなことを小声で叫んで、次の瞬間にはみんなすっと表情を整えて、そそくさと立ち去っていった。
元々部屋にいた使用人さんが最後に俺に振り返る。
「お嬢様をよろしくお願いしますね」
「わ、わかりました」
急にまともなことを言われる。使用人さんもけっこう夜宮を心配していたのかもしれない。
頷くと、使用人さんは口元を緩め、ぐっと親指を立てて去っていった。
とりあえず正座して夜宮を待つ。すぐに三鳩さんが夜宮を連れて部屋に帰ってきた。廊下の向こうを見つめて、ちょっと呆れたような顔をする。
「戻りました。……うちの使用人が少々ご迷惑をおかけしたようですね」
「いえ……というか、ちょっと遅かったですね」
「お嬢様が少々」
少々と言われた夜宮はどことなくぐったりした様子だった。頬が赤く、視線がなんとなくぼんやりしている。
「よ、夜宮?」
「お湯から連れだすのが遅れてしまいまして……」
「はい……のぼせただけです……」
若干ふわふわした声で夜宮が答えた。足取りは一応しっかりしているようだ。俺の前の席に座り、水を手に取って飲んでいる。……ちょっと口元から零れてるけど。
「お嬢様、何かありましたらお呼びください。傍にいますので」
「呼びます……」
「……榎並さん。何かありましたら呼んでくださいね」
返事が若干頼りない夜宮を見て、三鳩さんがちょっと不安そうに俺に声をかけた。
「……わかりました」
何かあればすぐ言おう。
◇
夜宮の様子を伺いながら、一緒にご飯を食べ始めた。とても美味しいです。海鮮のお鍋である。お魚が美味しい。満足感がすごい。
夜宮はぼうっとご飯を食べている。
たまーに俺の方に視線を向け、やっぱり料理の方に戻すということを何度かしている。
何か言いたいことがあるんだろうか……。
「夜宮?」
「は、はい?」
ぴくっと夜宮が顔を上げた。
……驚かせてしまって申し訳ない。
「何か聞きたいこととかある?」
「え、えっと……」
わたわたと色んな所に視線をやり、はっと気づいて水が入っていたコップを手に取った。
「お水! 柊くんは、いりますか!」
すごい今思いついたみたいな感じだ。
「いや、俺のはまだ残ってるから」
「わ、わかりました。じゃあわたしのを貰ってきま……あっ」
「あ、危な――!」
立ち上がった夜宮が歩き出そうとする。でもその瞬間ふらついたのか、自分の足に突っかかってぐらっと体が傾く。
俺は自分でも素晴らしいと思えるような滑らかさで立ち上がって、夜宮の体を前から受け止めた。
「へぶ」
……受け止めたと言っても、体ごと潰されるような形にはなったけど。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、平気……」
倒れた俺の上で、夜宮が謝ってくる。
夜宮は俺に覆いかぶさるような形になっていた。顔の横に手が置かれて、目の前すぐに夜宮の顔がある……この体勢ちょっと危ないな。他に誰もいなくてよかった。まぁ、すぐどいてもらって、お水ももらって、そうすれば何も問題ない。
……と思っていたけど、夜宮がそれから体をどかそうとしない。
「あの、夜宮……?」
夜宮の顔は影になっている。お風呂あがりのせいか、顔が火照っているし、なんだかいい匂いがしていた。長い髪が降りてかぶさっているから、そのシャンプーのものかもしれない。毛先が少し頬をくすぐっている。
視線はじ……っと俺を見下ろしていた。
「柊くんは……」
「え?」
「……あ、えっと、質問をしても、いいでしょうか」
質問に答えないとどいてくれないシステムなんだろうか。
「い……いいけど」
今日は質問されがちだ。夜宮も質問があるのか。
夜宮はなんだかすごく緊張したような顔をしている。一度視線を逸らして、口元もむずむずとさせて、また視線が戻ってきた。頬はまだ赤みが残ったまま。
「しゅ、柊くんは、わたしを独り占めしたいと思ってますか……?」
「ん?」
「……わたしが他の男性といたら、柊くんはどういう気持ちになりますか……?」
聞きながら、視線が横に逸れていく。頬の赤みが強い。
どうしてこんな顔をしているんだろう。気になるけど、その前に質問に答えないといけない。
独り占め。他の男性。それは……たぶん考えるまでもない。
「ちょっと……もやっとはするかな」
ここで意地を張るのも変な気がして、素直に答える。
すると夜宮がびっくりしたように目を丸くした。
「そ、そうだったんですね」
「うん、たぶん……」
「なるほど……」
こくりと頷いて、今度はくすりと小さく笑みを零した。
……なんなんだろう。
俺は目線を斜めに逃がしながら、いつどいてくれるんだろうと考えていた。
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