第25話 お泊まり

(泊まることになってしまった……)


 三鳩さんに泊まっていくよう伝えられた後、あれよあれよという間に宿泊の準備が整ってしまった。


 見計らっていたように数人の使用人さんが部屋に家具を持ち込んできて、一気に旅館の部屋みたいな感じになった。小さなテーブルとか、座布団とか。冷蔵庫まで。なんとお茶請けまである。


 早送りみたいなスピードで手早く家具を揃えた使用人さん達は、なぜか出ていくときにみんな夜宮に向けて無言でサムズアップしていた。夜宮家の人は夜宮に冷たいのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。

 でも一体なんのサムズアップなんだ。この人たちは何をしてるんだ。


「みんな暇なんですよ」


 と三鳩さんが言っていた。「三鳩さんも暇なんですか?」と聞いたら、「いえ、私は超絶忙しいです」と返された。三鳩さん、超絶とか言うんだな。


 今はその三鳩さんに案内されて、夜宮家のお風呂に入っている。


(檜のお風呂だ……)


 よくわからないけど、すごくリラックスする匂いだ。しかもけっこう広い。何人かで入れる余裕はある。そんなところに一人で入っていた。

 今はあまり人がいないようで、屋敷自体もかなり静かだ。お風呂も貸し切り状態である。


「なんでこんな贅沢なことをしてるんだ……?」


 ほんと、旅館かと錯覚する。


 杏沙と母さんにはもう三鳩さんから連絡をしていたらしい。一応俺もメッセージを送ってみたら、杏沙から『お土産』と返信が来た。旅行じゃないぞ。


「はぁ……」


 熱いお湯に思考がぼんやりとしてくるのを感じながら、夜宮のことを考える。


 目を逸らされてしまった少し前のこと。

 佐江さんからよろしくと言われたその前のこと。


 現状、目が合わないのはよろしくない状況だ。

 目が合わない。話ができない。これで本当に許嫁と呼べるんだろうか。

 最悪このままの状態が続けば、許嫁をクビになってしまうかもしれない。


 ……クビとかあるかわからないけど。

 少なくとも前みたいに、普通に話せるようにはしたい。


(でも……何したらいいんだろうなぁ……)



 ◇



「お嬢様――最近、榎並さんと何かありましたか?」

「……え?」


 柊くんと会った後、私は三鳩と一緒にお風呂に入っていた。三鳩は柊くんを別のお風呂に案内していたから、後から来た形になる。


「な、何かって、なんでしょうか」


 私はぼうっとお湯に浸かっていて、三鳩はそんな私をちらっと見てからすぐに尋ねてきた。


「いえ、わかりませんが」


 考えるように顎に指を立ててから言う。


「ただ、恋する乙女のような動きをされていたものですから」

「こ――っ」


 ぱしゃっと音が鳴る。私が立ち上がった音だ。


「恋とか、そういうのでは……っ!」

「そうなんですか?」


 三鳩はあくまで澄ました顔で言う。わかっていてとぼけているのか、本当にわかっていないのか、うまく判別できない。三鳩はこれでけっこう悪戯が好きな所がある。平静に返せないのがちょっともどかしい。


「許嫁なんですから、恋してもまったく問題はありませんけどね。別の相手だったら大問題ですが」


 三鳩があまり抑揚のない声で言って、ぐーっと腕を前に伸ばした。綺麗な体をしているなと思う。今は私の傍にいてくれているけど、きっとお洒落をして街を歩いたら、すごい視線を集めるんだろう。胸も大きいし。


「……これは、恋なんでしょうか?」


 胸を抑えて視線を落とす。柊くんといると、どきどきしてしまう。

 それだけじゃなくて、色んな感情が何もない所から浮かび上がってくる。

 私と喋ってほしい。構ってほしい。傍に居てほしい。


 でも、他の人のところには行かないでほしい。独り占めしたい。

 ……こういう感情はきっと良くないものだ。

 柊くんは誰の物でもない。独り占めはしようとしても、できるものじゃない。


 だから、良くないものを落ち着けるために、一回距離を置きたくなる。


「独り占めなんて……そんなこと」


 三鳩はしばらく私に目を向けてから、何もない天井を見上げた。


「実は私も、学生の頃に恋愛をしたことがあります」

「え……?」

「寝ても覚めても相手のことを考えていました。でも相手はそうじゃなかったようです。いわゆる片思いというやつですね。ですから……その間はどうしても苦しさがありました。それはひとえに、気になる相手が自分の物にならないから苦しいのです」


 三鳩の身の上話を初めて聞いた。それが恋愛だったことにも驚いたし、私の内面に添った話であったことにもびっくりした。


 三鳩は特に目を合わせるでもなく、抑揚のない声で言った。


「独り占めしたいというのは、普遍的な話ではないでしょうか。……それにきっと、向こうも独り占めしたいと思ってますよ。あとで聞いてみたらどうですか」

「……そ、そうなんでしょうか」


 俯いて考える。柊くんは私を独り占めしたいんだろうか。私と同じようなことを考えているんだろうか。


 三鳩みたいに澄ました顔ですんなり聞けたらいいのに。それか、三鳩みたいな美人だったらこういう悩みも無かったのかもしれない。


「先に上がりますね」


 ざぱ、と三鳩が浴槽から立った。私はこくりと頷く。


「ちなみに、お嬢様。さっきの話ですが」

「はい?」


 三鳩は真顔で私に目を向けた。


「私が過去に恋愛したというのは嘘です。すみません」

「え」


 混乱する私にくすりと笑って、「それでは」と言って浴室の外へ出ていった。


 これも冗談? それとも、三鳩なりの照れ隠しなんだろうか。




 結局、私はのぼせる寸前までお風呂で色々と考えこんでしまった。







 ―――――

 お読みいただきありがとうございます。


 五月もやっぱり週一くらいで更新しようかと思います。

 書き溜めつつ推敲しつつ、ゆっくり更新とさせてください。


 よろしくお願いいたします。

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