第21話 教室で
それからまた学校が始まった。変わったことがいくつかある。
まず、席替えがあった。
夜宮が窓際の後ろを引き当て、その後に皆森がその隣を当てた。当然、その近くに注目が集まる。
その中でなんと俺が夜宮の前の席を引き当ててしまった。
あの時の凄まじい視線が忘れられない。
全員が一斉に感情を失った目で俺を見据えた。しっかり恐怖体験である。
というわけで、俺たち三人の席が近くなった。なんて都合の良い偶然かと思わないでもない。……不自然になりそうだから、逆に都合が悪いのかもしれないけど。
そして席替えから、夜宮と皆森がよく一緒にいるようになった。
机に突っ伏す俺の後ろで、二人が他愛無い話をしている。
「そろそろテストだね……やだなーテスト」
「紗良さん、勉強苦手でしたか?」
「苦手っていうより、本能的に避けちゃうんだよね」
「本能……そうなんですね」
「周りの人も勉強は嫌そうでしょ。榎並くんとかさ」
「はい。よくおうちで『ぐええ』と呻いていると聞きました」
「そ、そうなんだ」
なんでそんなこと知ってるんだ。
……杏沙かな。
最近そういえばよくやり取りをしていた気がする。
「いや叫ぶのはいいんだけど、でも仕方ないんだよね」
「そうなんですね」
「だから平気な日奈ちゃんが榎並くんに勉強しろって言うといいよ。避けてばかりじゃ将来苦労するからね。榎並くんのためにね」
「なるほど……柊くんのため……」
夜宮がふんふんと頷いている気配がする。
(……夜宮に何させようとしてんだ)
二人はこういう時以外にも、よく一緒にいるようになった。
夜宮と皆森という二人が並んでいることで、窓際後ろの周辺はいつの間にか『聖域』と呼ばれるようになっていた。大げさすぎる。
しかも聖域らしく、あまり立ち入ってはいけないと暗黙の了解ができているようだ。みんな遠巻きに眺めるのみ。そのおかげというのもなんだが、ここでの会話は基本聞かれてはいない。
そう、平穏を望むなら見るだけにするべきである。
聖域にはあまり踏み込むべきではない……。
「寝たふりしてる榎並くーん。テスト勉強の調子はどうー?」
……ないんだけど。
そこから手招きされてる場合はどうすればいいんだ。
「……寝ようとしてたんだけど」
「さっき授業中に寝てたでしょ」
そっと目を逸らす。
「……勉強は一応してるよ」
高校の勉強はたぶんタイムリープ前よりはスムーズに理解できている。やっぱり要領みたいなものもあると思う。覚えてなくても一回やったから、理解も早い。テストでは良い結果を出したいところだ。
「日奈ちゃんと一緒にやるとかしないの?」
ここでたぶん一番成績が良いのは夜宮だ。たしかに教えてもらったらもっと理解しやすいかもしれない。皆森が軽い調子で話題を振る。
視線を向けられた夜宮は俺を見て……なぜかぴたっと硬直した。
「おーい、夜宮?」
「あの、日奈ちゃん?」
はっ、と意識を取り戻す。
「あ……あの……えっと」
言葉を何か紡ごうとして、うろうろと視線だけがさまよっている。
「す、すみません! ちょっと、お手洗いに……っ」
やがて慌てた様子ですたすたと立ち去ってしまった。
変わったことがもう一つ。これが一番、問題なのだ。
(……夜宮が目を合わせてくれない)
「日奈ちゃん、しばらくこんな感じだねー」
夜宮が去った後、皆森が声をかけてくる。
呆れた調子で、その呆れは俺に対して向けられているような感じだ。
「お出かけしてからだよね? こういうの」
「……そうだなぁ」
お出かけの日。夜宮はちょっと変だった。
それからずっとこんな感じである。
「どうすればいいんだろうな……」
本当にどうしよう。
何かしなければ、と思う。でもそれを具体的にどうするかは思いつかない。
何かした方がいい。でもどうすべきかわからない。むしろ何もしない方がいいのではないか……。悩んでしまう。
「前に、日奈ちゃんとどうなりたいか聞いたよね」
少し考える素振りを見せてから、皆森がそんなことを聞いてくる。
「聞かれたな」
「私思うんだけど、二人とも気を使いすぎなんじゃないかな」
「気を使いすぎ……?」
「もっと言いたいこと言ったらいいと思うけど」
なかなか難しいことを言う。
言いたいことも言えないこんな世の中なのだ。言いたいことは胸に仕舞って、淑やかにお仕えするのが真摯で紳士な態度ではないか。
「……そういうの、ヘタレって言うんじゃないかなぁ……」
皆森がなんか呟いているがよく聞こえなかった。
……いや、嘘です。ちゃんと聞こえている。
わかっている。言葉にすることは大事だ。
というより、行動に表すことが大事なのだと思う。
何かをすること。しないこと。そのどちらにもメリットとデメリットがある。大概の場合はしない方がどちらの要素も薄いからそこへ逃げがちだった。タイムリープ前はそうして過ごしていた。
でもたしかに、夜宮に対してはそうしたくない。なんとか、向き合って――。
「――あの……すみません」
そうやって考えていたら、夜宮が戻ってきた。
手にスマートフォンを持っていて、なぜか硬い表情をしている。
「日奈ちゃん、どうしたの?」
夜宮は強張った様子で、声を潜めて俺に言った。
「柊くんが、夜宮の本家に呼ばれているみたいです」
え……ほ、本家に!?
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