第20話 どきどき

『あのさぁ榎並くんさぁ』


 ショッピングモールを三人で巡り、家に帰った。


 お風呂に入ってベッドに寝転がっていたら、そんなRINEが皆森から飛んできていることに気付いた。その後にもまだ続いている。


『本当にさぁもうさぁ』

『おいおいおーい』

『あ~~~~~』


 なんて情報量の無いメッセージなんだ。


『何でしょうか……?』


 とりあえず返信する。すぐに既読が付いた。


『何でしょうか? じゃないんですけど!』

『こっちはねぇ! 大変だったんですけど!』


 ええ……?


『今日! 二人とも! くっつきすぎだって! 私、周りからすごい居たたまれない顔で見られてたんだけど! あ~カップル+1の+1の人だ~、みたいな顔されてたんだけど!』


 そんな細かい表情しないだろ……。


 とは思うが、たしかに今日の夜宮はちょっと変だった。別れ際もかなり寂しげな表情で見つめられてしまって心がぐらっとした。愛犬が出張に行く飼い主を見送る時みたいな。


 皆森からまたメッセージが届く。


『二人ってもしかして付き合ってる?』

『いや、付き合ってない』

『はぁ』


 ため息をわざわざ文字にして送ってくるな。

 でも本当に付き合ってはいないのだ。許嫁ではあるけど……。


『日奈ちゃんに悪い虫がついちゃっても知らないぞ』

『悪い虫?』

『だって日奈ちゃんっていつも一人でしょ。たぶんフリーだと思われてるかも』


 ……なるほど?

 たしかにその通りだ。考えてみれば夜宮はめちゃくちゃ美少女である。そして許嫁というのも伝えているわけじゃないのだ。男子から声をかけられてもおかしくはない。


『これからは私もいるけどさ、榎並くんも頑張ってよね』


 頑張る。たぶん、夜宮が危なくなったら助けろよ、ということだろう。それはそうだなと思う。夜宮のために頑張らねば。


『ちなみに、榎並くんは日奈ちゃんとどうなりたいとかあるの?』


 ふわっとした質問が来る。どうなりたい……というのは特にないな。夜宮が幸せでいてくれればいいのだ。


『夜宮には幸せになってほしいと思ってるよ』

『ほーん』


 なんか白けた目をしてそうな返答である。


『まぁいいや……おやすみ』


 おやすみなさいと返してRINEを終える。


 ベッドに転がって、今日の夜宮のことを思い出す。

 初めて見る様子だったなと思う。

 悲しげな子犬のような。子供のような。

 なんというか……甘えたがっているような?


(寂しかったんだろうか?)


 夜宮はずっと一人だった。愛情みたいなものを求めているのかもしれない。

 それならどうしたらいいんだろう……。褒めてあげるとか……?


 ……考えてみるが、うまく答えは出せそうにない。

 そうして考えている内に段々眠たくなってきた。


(うまく夜宮のことを理解できるといいんだけど……)


 ぼんやりとそんなことを思って、眠りについた。






◆ side 夜宮日奈



「どうしてあんなことを……」


 帰ってから、自分の振る舞いを思い返して、胸のあたりがきゅっとすぼまる。


 お買い物中……柊くんと紗良さんが親し気にしているのを見た時、胸になんだかもやもやしたものが浮かんだ。


 どういうことなんだろう、と思った。二人は元々、仲が良かった? 考えてみれば、今日この約束を決めてくれたのは柊くんだ。けど、二人の関係はそこまでじゃないと思っていた。だって教室でも二人が一緒にいる所を見たことはない。そんな話も聞いていない。


 彼が声をかけてみると言った時も、『面識があるわけじゃないけど、頑張って声をかけてみる』くらいのものだと認識していた。


 でも今日見てみると、思っていたより、二人の様子は親しい。

 気を抜いた体で話をしている。

 友達、という感じだった。


(……いつの間に?)


 そう思った時、もやっとしたのだ。


 なんだか……柊くんを取られてしまいそうな気がして。


(これはあんまり、よくないことだ)


 後から思い返して、けっこう恥ずかしいことをしてしまったと思う。

 袖を掴んで、離さないなんて。

 幼い子供がするようなことだった。


(普段はあんなことしないのに)


 理性よりも感情が前に出てきて、私を動かしていた。

 なんとなく理由は思い当たる。

 独り占めしたかったのだ。柊くんを。


(……子供みたいな)


 やっぱり、よくない。前も同じことを思って、同じ反省をした。独り占めしたいなんて思ってはいけない。彼は誰のものでもない。許嫁になってくれたのだって、彼にはあんまりメリットなんてないのだ。ただ私のわがままを聞いてくれただけ。


 ベッドに倒れこむ。


 静かな中で、柊くんにメッセージで謝ろうかと悩む。でも気にしすぎかもしれない。逆に困らせてしまうかも。そんな気もする。


 ……ため息を吐く。


 こうしていると、逆に不安になってくる。一応、別れ際に謝りはしたのだ。柊くんは『別に大丈夫だよ』と言ってくれた。その声を反芻させて、スマートフォンをいじろうとする指先を止める。


 学校では大丈夫だろうか。理性と感情が競ってしまうのが不安だ。普段できないようなことが、感情によってはできてしまう。


 だめ。考えすぎはよくない。でもやっぱり……もっと。


(もっと、構ってほしい)


 私の傍にいてほしい。頭を撫でたりしてほしい。頑張ったねと言ってほしい。

 できればご飯を作ったりなんかして。美味しいねなんて笑って。それから一緒にお風呂とか……ベッドとか……。


(だ、だめ)


 顔が熱くなってくる。

 なんだか変なことまで考えてしまう。


 そんな風に妄想しては振り払って、ぐるぐると妄想と現実を漂っている内に、気付いたら眠りについていた。

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