第22話 お邪魔します

 許嫁の実家にお呼ばれすることになった。


 そう言うとなんだかどぎまぎとした初々しい感じを想像できそうが、実態は全然違う。

 夜宮家は資産家である。おそらくだが、ご家族の方がいて「うふふ、じゃああとはお若い人たちで……」とか親密な感じにはならない。


 ……俺、生きて帰れるかな。


 学校が終わってすぐ、俺と夜宮は三鳩さんの運転する車に出迎えられた。

 黒塗りの車である。

 そして訳も分からず乗り込むよう促されて、今は出荷される子牛の気分で本家へのルートを運ばれている。


 運転席からミラーで三鳩さんが俺の顔を覗いた。


「榎並さん、顔色が悪いですが、ご気分は大丈夫ですか?」

「……だめです」

「では窓だけ開けておきますね」


 ゆっくり座席の窓が開いていって、風が俺の頬を撫でていく。

 でも当然、酔いとかそういうことじゃないので気分は優れない。


「あの三鳩さん……これ、欠席することってできるんでしょうか?」

「だめですね。してもいいですが、今度は強引な方法になってくるかと思います」

「ですよね……」


 お金持ちとはそういうものなのだろうか。ちょっと強引な感じを受ける。

 そもそも夜宮家に対して、俺はあまり良いイメージを持っていない。夜宮に対してずっと理不尽を強いていたという印象が強いからだ。


 それをしていた当事者は亡くなったけど、謝ったみたいな話も聞いていないし。


「柊くん、ごめんなさい。断れなくて……」

「いや、大丈夫だよ。……どうせいずれは会うことになりそうだしな」


 許嫁という形で関わっているわけだし、どこかでは関わる必要があったはずだ。

 ……むしろ、ちょうどいいのかもしれない。

 夜宮のことをどう思っているのか、確認できる可能性もある。俺は前の席の三鳩さんに声をかけた。


「三鳩さん。本家で俺って何をするんでしょうか……?」


 俺を呼びだすよう夜宮に伝えたのは三鳩さんだ。本家から三鳩さんへ通達が来て、それを夜宮に伝言した形である。

 なので事情は三鳩さんが一番知ってるはず。


「そうですね。私もあまり詳しい事は聞いていないのですが」


 聞いてないのか。


「わかっている事だけ説明しますと、今回、榎並さんをお呼びしたのは佐江様です」

「佐江、さん?」


 知らない名前だ。

 この世界での俺はその人に会ったことはないだろう。


「亡くなった旦那様の奥様で、現在の当主代理でおられます」

「おばあ様はなんというか……硬い雰囲気の方です」


 夜宮が補足するように言う。その説明に少し思い当たる点があった。


 ……タイムリープ前にお葬式でそれらしき人がいた気がする。

 喪服を来て、様々な人に挨拶をされていた、厳格な雰囲気の高齢の女性。


「硬い雰囲気……失礼かもしれないけど、怖そうな人だな」

「すみません。わたしも実際、おばあ様とは一回も話したことは無いんです」


 話したことがない? ……家族なのに?

 あまり触れない方がいいかとも思ったが、夜宮が続けた。


「気にしないでください。お爺様と違い、おばあ様は放任主義の方です。本家では煙たがられる存在のわたしをほとんどいないものとして扱っています」

「……いないものって」

「いえ、それだけ聞くと悪く見えますが、そのおかげで、無理な勉強時間などがなくなったんです。……話はできませんが、その点は感謝しています」


 かつての当主のお爺さんは理不尽を強いてきたけど、今は何も求められない。ただその佐江さんというおばあ様からは無視されている、というところだろうか。


 夜宮の母親は亡くなっている。父親のことは詳しく知らないが、あまり良い話は聞かない。唯一残るおばあ様も、夜宮に対しては一切のコミュニケーションを断っているのか。重たい話である。


(でも、本当に……?)


 ただ、俺は一つの記憶を思い起こしていた。


 タイムリープ前、夜宮のお葬式で、おばあ様らしき厳格な雰囲気の女性が静かに涙を流していた。あの悲しみの表情は嘘だとは見えなかった。


 あの人は俺が勝手におばあ様だと思っているだけで、別人なのかもしれない。

 でも別人じゃないとしたら、彼女にも何か考えがあるのではないか。


「……いないものとするなら、夜宮を呼ぶのも変なのでは?」

「そうですね……でもわたしは定期的に報告をするよう言われていて……あれ? それも三鳩に任せれば済む話でしょうか……?」


 夜宮が考え出す。

 ただ詳しいところはわからなさそうだ。

 まぁきっとそのおばあ様に会えばまた何かわかるだろう。


(……さて、夜宮家、どうなるんだろうか)


 






――――


お読みいただきありがとうございます。


この話以降、更新が遅れ気味になりますのでご報告しておきます。

(新人賞に応募するために別のを書いています)


すみませんが、よろしくお願いいたします。

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