第11話 謎の女の子
「…………」
「……体調は?」
「……あの、おかげさまで……」
想定外のリバースの後、俺と見知らぬサングラスのゲ……リバース少女は場所を移していた。水道で彼女が口をゆすいでいる。ここはさっきの場所よりもう少し奥にある別の穴場スポットだ。
「保険室ならそっちの道を行けばすぐだけど」
「ううん……大丈夫……」
うつろな目をしている。その目は何を見据えているんだろう。
「……見えづらいけどそこにベンチはある」
指さした先を見て、彼女がこくこくと頷く。それからふらつく足取りでベンチへ向かって腰を下ろした。大丈夫だろうか。
ベンチに座る彼女は、可愛くて洒落た小柄な女の子と言った様子だった。緩くウェーブがかかった茶髪で、肩口のあたりで揃えられている。カーディガンを緩く着ていて、雰囲気が洒落ている。
「あの……ごめんね。汚いとこ見せて……」
「え?」
「嫌になったでしょ? 私、こんな所見せちゃって……だめだ……本当」
彼女が俯きながら呟く。めちゃめちゃ落ち込んでいるようだ。そんなに落ち込むことだろうか? 恥ずかしいというのならわかるけど、そんな絶望したような声を出すほどじゃない気がする。
「いや別に。俺も日々リバースの脅威と戦ってるし……」
「え?」
「いや……ほら、だって胃薬も持ってる」
俺は制服の内ポケットからお守り替わりに入れている胃薬を取り出す。
「え……? 胃薬?」
「まあ色々あって」
俺は夜宮のためにやり直すと決めた。でもその決意を実行するには、今までの俺の感覚を変えないといけない。そこにいくらか、負担がある。俺が逃げたいと思う時も、踏みとどまって進み続ける必要がある。当然、覚悟の上だが。
まぁ今は特に飲んではいないけど。お守りとして持っているのだ。
「やりたいことがあって、でも辛い時もあるから、そのために一応持ってるんだ」
「そうなんだ。……私もわかるな、その気持ち」
彼女が胃薬と俺の顔を眺めて言う。何か深みを感じる静かな口調だった。彼女も色々考えることがあるんだろうか。
「ありがと。……落ち着いてきた。君も一年生……だよね?」
顔を上げた彼女が幾分はっきりとした口調で尋ねてくる。
「一年五組の榎並柊介だよ」
「五組!?」
彼女が口を手で覆った。
「さ、最悪じゃん。同じクラスの人に見られるなんて……」
同じクラスなのか。
(……タイムリープ前に、こんな子いたかな?)
彼女はちらっと俺を見上げた。
「あの……申し訳ないんだけど、これ、黙っててくれる?」
「話さないよ。……というかあんまり友達できないから、話したくても話せない気がする……」
「え? そうなの? 普通に友達はできそうだけど」
「ええ? 普通に? いや、でも普通ってなんだろうな……そもそも友達ってなんだ? 何をしたら友達だ……?」
「あはは……榎並くん、結構変な人?」
「いや、自分ではそうじゃないつもりだけど……」
彼女が微かに笑顔を浮かべる。その様子を見る限りでは、さっきよりは体調はマシになっていそうだ。
「私、
よろしく、と頷きながらタイムリープ前のことを考えていた。こんな子、いたかな? 同じクラスだった人の名前を思い出してみるが、ちょっとわからない。そもそも俺、当時は周りへの意識を遮断してたし。
「ちなみに、榎並くんはなんでここのベンチとか知ってたの? 水道の場所とか、保健室も知ってたし」
「えーと……学校見学の時に見つけたんだ」
実際は違うが、そういうことにしておこう。
「皆森は、保健室は本当にいいのか?」
「ううん、ありがとう。でもこれ、メンタル的な奴なんだ。ライブの前とか、よくなるの」
「ライブ?」
「そ。私ライブするの。……凄くない?」
「……めちゃくちゃ凄い」
「でしょ」
具体的な所はわからないが、ライブといえば観客の前に立って演奏とか歌うとかするんだろう。学生だしそこまで規模は大きくないだろうが、人前に立つというだけで尊敬に値する。
じゃあ胃薬とか持ってた方がいいか?
「なら、胃薬くらい持っておく? 市販の奴だけど、怪しいと思うなら全然気にしないでいいし……」
「あ、平気だよ。私も胃薬持ってるから」
「ええ?」
「あ、しかも名前一緒のやつだ」
「マジか」
皆森がバッグから薬を取り出す。まさかの同じ名前の薬を持っていた。胃薬仲間がこんな所にいるとは。
「ねえ榎並くん。RINE交換しようよ」
「え? あ、ああ、いいけど」
「友だち第一号に立候補しようかな」
皆森が可憐な笑みを浮かべた。
「お腹よわよわ同盟として」
なんて健康に悪そうな名前なんだ。
しかしこれは俺にとって一大事である。
(こ、こんなすぐに友達ができてしまっていいのか)
夜宮に言った手前、俺も友達ができないと面目が立たない。けっこう怖かったのだ。夜宮にはたくさん友達がいるけど俺はぼっちとか。
スマホの画面にコードを映しながら、胃薬に感謝した。きっと胃薬のおかげじゃないだろうか。ありがとう。胃薬。
「はい! 友だちいれたよ!」
「この『さらちぃ』?」
「そう!」
自分の名前をニックネームにしてる辺り女子だなと感じる。アイコンは何かアイドルのような衣装を着た人物の後ろ姿だ。
さらちぃ――皆森紗良と友達になった!
「榎並くんも呼びたかったらさらちぃって呼んでいいよ?」
「…………」
「あはは! 困ってる!」
笑うなよ! ニックネームを呼びたいのはやまやまだが、そういうのに慣れてないから恥ずかしさが出て、結局黙り込んでしまう。
「あ、ごめん。私のRINE、内緒にしててね。知られるとちょっと大変だから」
「……おー。そういうこともあるのか」
「そう。美少女だからそういうこともあるの」
自信ありげに笑みを浮かべる。さっきとは少し雰囲気が違う。そういう調子の良いことも言うんだな。元気と共に、調子の良さも出てきたようだ。
「じゃ、そろそろ戻ろっかな。榎並くん、ありがとね。おかげで元気出たよ」
「良かった。……ちなみに聞いてもいいか?」
「なに?」
「……なんでサングラス付けてるんだ?」
……さっきからずっと気になっていたのだ。
立ち上がった皆森は含み笑いをしながらサングラスに手をかけた。
サングラスが外される。
きらきら輝いていると錯覚するような、快活な瞳が覗く。
皆森は人を魅了するような笑顔を浮かべて言った。
「私が天才アイドルだからだよ──って言ったらわかる?」
そこでようやく俺は「あ」と気づいた。
なんで気づかなかった?
この女の子――人気アイドル、水無月紗良だ。
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