第12話 クラスの様子
水無月紗良というアイドルがいる。
人気アイドルグループ『メリーリフレクション』のメンバーの一人で、テレビにもよく取り上げられる人気アイドルだ。カメラ映えするルックスとスタイル。そして何より彼女はキャラ性で人気を得ている。
そんな水無月紗良を代表する言葉の一つがある。
『私は天才アイドルなので!』
自称、天才アイドル。
それが水無月紗良というアイドルを表すのに一番スムーズな説明だ。
彼女はいつも自信に溢れていた。他のメンバーの中でも彼女はかなり目立っている。その明るさと、天才を自称するような、いい意味での不遜さがあった。
天才アイドルと言う明るい彼女をファンは応援していた。たしかに、天才と言うくらいには彼女は才能があった。幼いながらもダンス、歌、容姿と、アイドルとしては完璧な物を備えている。
けれど同時にぽんこつでもある。バラエティ番組なんかのコメントを求められた時に、少しずれた回答をするとか。でもそれも愛嬌だった。才能のある面と、時折見せるちょっと抜けた一面。そのギャップがあって様々な人から推されていた。
……ちなみになぜ俺がこんなに詳しいのかというと、妹の杏沙のせいである。
杏沙が水無月紗良のファンなのだ。
たまにリビングでスターリフレクションのライブ映像を見ながら泣いている所に遭遇することがある。
『……なんで好きなんだ?』みたいな事を一回聞いた時は、ひどい目にあった。ライブ映像を初めから見せられて三時間くらい拘束されたのだ。聞かなくてもたまに『聞いてよにーちゃん!』と言われて拘束されることがある。
なので俺は水無月紗良に詳しい。
(でもなんで水無月紗良が俺のクラスにいるんだよ!)
教室に戻ると、水無月紗良――いや教室では皆森紗良か――が既にクラスメイトに囲まれていた。
サングラスは付けていないし、さっきの体調が悪そうな様子も微塵もない。天才アイドルを自称している時と近い表情でクラスメイトと話している。
(天才アイドルも胃薬を常備するのか?)
俺が聞いたイメージでは、水無月紗良はかなり丈夫なメンタルの持ち主だった。天才アイドルだと自称しているわけだし。
入学式でゲ……リバースしてるのは、イメージにはそぐわない。
「ってか、なんでここに……」
そこが謎だ。単純に人気アイドルがうちの学校にいるというのも謎ではある。
タイムリープ前にはいなかったのに。
いくら俺の記憶が怪しいからと言って、高校入学時に人気アイドルがクラスにいたら流石に覚えている。皆森と言う名前にも聞き覚えが無かった。さっきは記憶が曖昧なせいかと思ったが、違う。
(いわゆる別の世界線というやつなんだろうか)
俺はタイムリープして、アイドルがこの学校に来る世界に迷い込んでしまったんだろうか?
一周目の水無月紗良ってどうなってたんだっけ……?
「――皆森さん? あそこすごいよね」
そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。すごい爽やかな声だ。聞き覚えがあるな、と思いながら返事をする。
「す、すごいな。とても近寄れん」
「ほんとそうだよね。……ごめんね急に話しかけて。僕、折原綾人って言うんだ」
中性的な雰囲気の男で、背は高いが、女の子にも見えるような綺麗な顔立ちをしている。気さくで明るい性格で、タイムリープ前も俺に最初話しかけてくれていた。
その爽やか系男子、綾人に俺はぎこちない笑みを浮かべた。
(やばい! そういえば綾人は近くの席だった……!)
普通の人ならよかっただろう。しかし、綾人はちょっと一筋縄ではいかない人物だ。
一周目に聞きかじっただけだが、綾人はなぜか、めちゃめちゃ周囲の人間関係に詳しい。どこからか仕入れたのか、とんでもない情報を持っていたりする。例えば先輩の秘密の趣味とか、先生の不倫とか。
ついたあだ名が『情報屋』。
なので敵には回したくない。
本当に敵にしたくない。
一週目の時はどうやって絡んだだろう。
たしか緊張してかなり変なことを言ったような気がする。それで結局、綾人ともそこまで仲良くはなれずに終わった。
……まぁ、俺なんかの情報を持ってても仕方ないしな。
今回はとりあえず、無難な仲になろう。適度に話ができればいいのだ。
気負いすぎはよくない。ただ普通であればいい。平常心、平常心……。
「よ、よろしく。榎並柊介です……いや、柊介、だ。」
「うん! 柊介って呼んでいい?」
「あ、ああ。……折原くん? 綾人?」
「綾人でいいよ。良かった。話しやすそうな人で助かるな」
非常にぎこちなかったが、綾人は人好きのするような笑みを湛えて手を差し出してくれた。親しみやすい印象の笑顔だ。変な印象を持っているような様子はない。
(いけた……か?)
内心で安堵する。危ない。第一段階は突破だ……。ちなみに第二段階はどこだかわからない。強いて言えば普段の学校生活すべてが第二段階だ。たまに話をして、特に変な情報を抜かれなければ……。なんかセキュリティ意識が高まりそうだ。
「ちなみに、柊介は皆森さん派なの?」
「派? とは?」
「あれどっちでもない? このクラス、学校中で噂になってる美少女が二人もいるからどっちかだろうなとは思ってたけど」
「二人……ってことは」
「うん、皆森さんと……窓側の一番後ろの席」
やっぱり、と思いながら俺は綾人が言った座席に目を向ける。
そこは皆森と対象的に、異様に静かな雰囲気が包んでいた。
夜宮だ。
あいつの周りだけ人がいない。圧倒的に静かだ。
静謐な雰囲気で、神々しい感じである。夜宮の佇まいがそういう風に見せている。背筋はすらりと伸びて、薄幸そうな雰囲気で、窓の外を憂うような目で眺めている。
めちゃくちゃ美少女っぽい。
あれはたぶん、眠たくてぼんやりしてるだけだが。
さっき友達を作ってみますと言ったものの、やはり難しいらしい。
「夜宮さん……だったかな。聖女って呼ばれてるみたいで。それにあの雰囲気でしょ。みんな近づきづらいみたいなんだよね。なんというか、恐れ多くて」
「待った……『聖女』?」
すごい気になる単語があったので聞き返すと、「ああ」と綾人が教えてくれる。
「合格発表の日にね。泣いてる男子がいて、夜宮さんが抱きしめながら頭を撫でてて、その様子が聖女みたいだったらしいよ」
「…………」
「すごいよね。合格で泣いちゃうくらいって。本当にこの学校入りたかったんだろうね……って、どうしたの柊介。汗がすごいけど」
「い、いや、ちょっとな」
「体調悪かったら保健室連れてくけど?」
「だ、大丈夫だ」
俺氏、人生二週目にして、盛大に黒歴史を作っていたことをここにて知る。
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