第13話 お友達

 アイドル、皆森との遭遇。それから綾人との親交。


 入学初日にいくつかのイベントはあったものの、それからは非常に平凡な学生生活が始まった。


 俺は綾人と時折話しつつ、授業を受ける。

 夜宮も平凡な日常を過ごし、よくうちへ来て遊ぶ。


 たまに皆森からちらちら見られているような気はするが、アイドルだから周囲に色々と気を配っているのかもしれない。


 そんな日々を二週間ほど過ごして。


「柊くん」

「ん?」


 ここは俺の家のリビングだ。もう夜宮はだいぶおなじみの顔である。

 普段はお菓子作りとか、ゲームとか、そんな他愛のないことをするが……。


「友達って……どうやったら作れるんでしょうか?」

「……………おお」


 今日は、世の中でも有数の難しい質問に頭を悩ませていた。


 実を言うと夜宮は入学式の日から、ずっと友達を作ろうとしているのだ。

 でもうまくいっていない。


 教室の中で、夜宮さんは一人が好きみたいだ、という空気ができあがっているのである。初めの頃は夜宮も話しかけられていた。けど、夜宮はあまり初対面との話が得意ではない。返事に困っているうちに、相手が勝手に理解するのだ。


 『あ、夜宮さんは一人でいたいのだな』みたいな。


 なのでみんな適度な距離を置く。夜宮も女子なんかに話しかけようとするのだが、そっと席を外したりされる。『夜宮さんはお一人が好きなんですよね。私はわかっています』みたいな優しい顔ですっと離れていく。


 いつの間にか解釈が出来上がっていて、これではお友達どころではない。


「本も買ったのですが、まず話の受け答えについて書かれていました。……話せない場合はどうすれば?」

「それはもう売っていいな……」


 いったい友達とはどう作ればいいのか……? と哲学的な議論をしていると、不意に部屋から杏沙がやってきて、俺たちを見て変な顔をした。


「え……二人ともどうしたの? なんか元気ないね」


 そうだ。ここに友達の多い人間がいるじゃないか。

 杏沙に聞いてみよう。


「なあ杏沙……友達ってどうやって作るんだ?」

「それ、真面目な顔で妹に聞く内容?」


 怪訝そうな顔をされる。


「私もわかんないし……。勝手になってるものじゃない?」

「勝手じゃ困るんだ」

「困られてもこっちが困るけど」


 隣では夜宮が「勝手に……?」と首を傾けている。俺も同じ気持ちだ。


 杏沙が「あれ?」と呟く。


「にーちゃんじゃないんだ。困ってるのは……もしかして日奈さん?」


 こくりと夜宮が頷くのを見て、杏沙が「ええ!?」と大げさな様子で夜宮へ駆け寄って抱き着いた。


「そ、そんなことしなくても私は日奈さんの友達なのに……!」

「は……はい、杏沙さんはお友達です」


 たしかに杏沙は夜宮と仲が良い。ずっと前から夜宮が家に来ると嬉しそうにしていた。ふわっとした夜宮のことも理解して受け容れ、うまく距離を詰めている。


「杏沙さんはどうしてお友達になってくれたんでしたっけ……?」

「え……覚えてないです……。小学校くらいの時、お菓子くれたのは覚えてますけど」

「……またお菓子を渡せばいいんでしょうか?」

「それは杏沙だけだ」

「ちょっと? にーちゃん?」


 睨まれてしまうが、たぶんそこまで間違ってはいない。杏沙はいい意味でちょろいというか、受け容れる器が広いのだ。もちろん変な人間は避けているが。

 しかし当然、杏沙みたいな人はそう多くない。


「……よし」


 不意に深い声を出した俺に二人の視線が向けられる。


「友達になれそうな人がいないか、探してみよう」



 ◇



 翌日、休み時間。


 幸いかどうか、俺の近くの席には周囲の事情に詳しいであろう男がいる。


「綾人。一個聞いてもいいか?」

「うん、いいよ。どうしたの?」

「この学校に本当に誰とでも仲良くなれそうなコミュニケーション能力の持ち主っていないか?」

「ええ?」


 綾人に尋ねてみたら、しっかりと困惑されてしまった。


「合コンでもしたいってこと?」

「いや、そういうわけじゃない」


 夜宮がいるのに合コンなんてしたら三鳩さんに蹴り飛ばされる。


「なんでコミュ力が必要なの?」

「友達が欲しいと言う奴がいてな」


 綾人が頷く。


「そうなんだ。一応顔が広い人は知ってるけど」

「おお……」

「でもおすすめって感じはしないなぁ。一組の木村くんは目立ってるけどちょっと素行が悪そうだし、二組の広瀬さんは色んな人と絡んでるけど新聞部のためだし……」

「く……詳しいですね」

「そんなことないよ」


 どきどきしながら言ったら、にっこり爽やかに微笑まれた。

 ……既に情報屋の片鱗が見えている。


(ってか、いないか。やっぱり)


 ……ハードルが高いんだろうか。

 難しいな。杏沙みたいに良い奴で、そのうえで夜宮にも物怖じせずに話しかけられて、それから仲良くなってくれるようなぴったりな人物。


「あ、待って。そこにもう一人いるよね」

「もう一人?」

「うん、ほら」


 綾人は勿体ぶるように視線を教室の隅に向ける。

 そこにはいつものように人だかりができていた。

 中心にいるのはもちろん、明るい笑みの天才アイドル。


「皆森さんとか。ぴったりかもね」

「……なるほど」


 たしかに、皆森は明るいタイプだ。誰ともそつなく話をこなして、柔らかい笑顔を絶やさない。


 周りに気を使っていそうなのがちょっと気になるけど。


「皆森か……」


 彼女なら、夜宮の友達になってくれるだろうか。

 夜宮と一緒に笑い合ったりできるんだろうか。


 人だかりの真ん中にいる皆森をじっと眺めていたらチャイムが鳴った。


 皆森の周りにいる人が離れていく。


 周囲の目線が一瞬だけ途切れた時、皆森はわずかに「ふぅ」と息を吐いていた。



 ◇



 昼休みになって、俺は教室を出ていく。

 向かう先は屋上だ。意外にあまり人の来ないスポットで、待ち合わせもしやすい。


「ごめん。遅れた」

「いえ、待ってないですよ」


 そこには先に教室を出ていた夜宮がいた。いつものように二人分のお弁当箱を膝に置いて、建物の影にあるブロックにちょこんと腰かけている。


 俺と夜宮は昼休みだけここで待ち合わせをして一緒に昼食を食べていた。


 俺たちの許嫁という関係は今のところバレてはいない……はずだ。


 夜宮がお弁当箱を一つ差し出してくれる。


「こちらが柊くんのお弁当です」

「いつも本当にどうもありがとう」

「いえ、許嫁ですからね」

「……本当にありがとう」


 深くはコメントをせず、お弁当を受け取る。


 俺のお弁当は夜宮が作ってくれている。それも一緒に昼食を取っている理由だ。

 前に家に来た時にうちの母さんと話をしてるなと思ったら、いつの間にか昼食を作ってくれることになっていた。


 俺はお弁当の蓋を開ける。

 中には色鮮やかで、いかにも美味しそうなおかずとご飯が綺麗に詰められている。


 お菓子作りを見て心配していたが、なぜかお弁当は完璧に作れるのだった。


 夜宮の料理の腕は、なぜかお菓子作りに対してだけ驚異的な天然を発揮する。

 謎だ。


 お弁当をいただきつつ、話をする。


「友達の件だけど」

「はい。調査はどうでしたか?」

「皆森とか、声かけてみない?」


 夜宮の手がぴた、と止まった。


「皆森……紗良さんですね」

「そう。どうかな。アイドルだから忙しいかもしれないけど……話くらいは聞いてくれるんじゃないかと思って」


 俺が見た限りでの最適解な気がした。アイドルだし、友達も多い……いや、ファンと友達は別か。でもあれだけ人当たりの良い人間はいないだろう。

 だが、夜宮はゆっくりと首を振った。


「紗良さんは、難しいかもしれません」

「え」


 思わぬ否定を貰ってびっくりする。知らぬ間に何かあったんだろうか?


 わずかに言いづらそうに呟く。


「紗良さんは一緒の中学に通っていて……その時、喧嘩をしてしまったので」


 え? そうなの?

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