第14話 二人の話

「け、喧嘩?」

「紗良さんとは中学二年生の頃に仲良くなったんです。しばらく一緒にいたんですが、段々話さなくなりました」

「そ、そうだったのか」


 夜宮と皆森が一緒の中学だったということにも驚いたが、喧嘩をしたというのがもっと驚きだ。


 二人が喧嘩をする様子が全く想像できない。


「なんで喧嘩したんだ? 二人ともそんな風には見えないが……」

「……あれは、三年生になって、たまたま出会った日のことでした」


 夜宮が箸を置き、わずかに低い声で呟く


「私たちはクラスが別れて、会う事が少なくなっていました。というのもわたしは勉強をしないといけなかったし、紗良さんはアイドルとしての活動をしっかりこなさないといけなかったからです」


 それ自体は頷ける話だ。

 夜宮は塾やら模試やら自主学習やら、空いている時間にガンガン詰め込まれていたし、皆森もアイドルとして活動するうえで自由な時間は少なかったんだろう。


「そんな日の移動教室の合間でした。紗良さんに出会ったんです」


 夜宮が瞼を伏せる。


「紗良さんは授業を休みがちで疲れた様子でした。そんな紗良さんに向けてわたしは『無理をしないでくださいね』と言いました。そうしたら、紗良さんがびっくりしたようにして、わたしに『日奈ちゃんこそ、無理しちゃだめだよ』と言ったんです」


「……おう」


「私、びっくりしました。まさか無理している人からそんな風に言われるとは思わなかったので。なので、『私は大丈夫です。紗良さんこそ、疲れているように見えます』と言いました。そうしたら紗良さんは強い調子で『日奈ちゃんの方こそ結構やばい顔じゃん』と言ってきました」


 ……ん?

 雲行きが怪しい。


「それから二人でしばらく言い合いです。『無理するな』とか。『疲れてない』とか。……それから気づいたらチャイムが鳴って、急いで授業に向かいました」


 夜宮がふっと肩を落とす。


「でもそれきり、気まずくなって話ができていません」


 しゅんとした様子の夜宮を眺め、俺は二人の様子を想像する。廊下のど真ん中、中学の制服を着た夜宮と皆森が向かい合って、『無理しないでください』『ううん私は平気だから』『でも紗良さんは』『日奈ちゃんこそ』などと言い合っている。


 ……これ、喧嘩か?


「要するに、お互いがお互いを心配しすぎて言い合いになったってこと?」

「そう……でしょうか?」


 夜宮が首を傾げる。


「で……それから気まずくて話ができていないと」

「そうです。……なので、紗良さんとお友達になるのは難しいかなと……」

「いやいや」


 何を言っているんだ。

 そんなのある意味、友達を新しく作るより簡単なんじゃないのか。


「仲直り一択じゃないか」


 友達作りの方針が決まった。



 ◇



 皆森と夜宮を引き合わせたい。


 夜宮は渋っていたが、一応説得できた。皆森との仲直りは無理だと言っているが、そんなの、無理なわけない。というか、仲違いしたままでいることに俺があまり納得できない。だってそうじゃないか。お互い心配し合うくらい好きなら、笑顔で一緒に過ごしてほしい。


 そのために放課後までの残りの時間、俺は皆森を観察していた。


 後ろの席からその様子を見ていた綾人がひょいと声をかけてくる。


「柊介は夜宮さん派かと思ってたけど、皆森さん派なの?」

「派閥なんてあるのか?」

「うん。二人はぶっちぎりで人気だからね。どっち派かって一部では盛り上がってるみたいだよ。このクラスに所属してるだけでかなり羨ましがられるくらいだし」


 冗談のつもりだったが、本当にあるらしい。


「……ちなみに割合はどのくらい?」

「皆森さんの方がちょっと上だね。やっぱり話に応じてくれるのが大きいかな。あ、ちなみに新聞部の集計ね」


 夜宮の魅力を知らないとはな……と思いつつも、俺は頷くにとどめた。


 魅力を知ってほしいような気持ちもあるし、知られたくないなという気持ちもある。こういうのは、俺が許嫁になったから思うんだろうか。


「たしかに皆森の周りにはいつも人がいるよな」

「かなり人当たりがいいみたいだね。テレビで見るような自信家な感じじゃなくて、もう少し落ち着いてるのも皆には嬉しいポイントなのかな」


 それはつまり、テレビでは自信家なあの子が、実は裏だとそうでもないというギャップに対しての好感だろうか。


 たしかにファンである杏沙の口からも水無月紗良が裏では落ち着いてる、みたいな話を聞いたことはない。テレビで言ってないとすれば、皆森のそういう部分を知っているのはこの周りのメンバーだけだろう。


 でも、初日に出会った俺としては、今の皆森の様子もどこか演技に見える。


 テレビのキャラよりは落ち着いてるけど素でも親しみやすいアイドル――というキャラを演じているみたいな。


「とにかく、二人とも人気者であるのは間違いないね」


 チャイムが鳴る直前に、綾人はそう言ってまとめた。


 夜宮は後ろの席で誰も寄せ付けずにいて、皆森の周りには沢山の人がいる。


 ……人気者にもいろんなタイプがいるよな。



 ◇



 やはり人気者に話しかけるのは難しい。

 皆森の周りには常に人がいて、気軽に内緒話をできるような雰囲気じゃないのだ。


 と思っていたが、放課後になってすぐにスマートフォンにメッセージが届いた。


『今日ずっと私のこと見てたけどどうしたの?』

『アイドルにチラ見がばれないと思うな?』


 差出人は『さらちぃ』こと、皆森紗良であった。

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