第15話 呼び出し

『今日ずっと私のこと見てたけどどうしたの?』

『アイドルにチラ見がばれないと思うな?』


 そんなメッセージを見た瞬間、俺の頭には自分の腕に手錠がかけられている状況が瞬間的に閃いた。罪状はなんだ? ……チラ見罪?


『すすすすみません』

『別に怒ってないよ。気になっただけー』


 皆森の返信はあくまで緩い。でも俺はかなり緊張してしまっていた。単純に、アイドルとやり取りしていいんだろうか? という点で。


 友達になったタイミングではアイドルだとは思ってなかったし。

 なんだかそもそもRINEを知っているのも罪な気がしてきた。なんだお腹よわよわ同盟って、いいのか。そんな同盟結んでしまって。


 固まっているとまた追加で文が届く。


『女子の間だと既読スルーが一番罪が重いらしいよ』

『おはようございます!』

『うんおはよー』


 その場しのぎ的な発言にも適度な発言が返ってくる。やばい。何か話さないと。

 

 俺は震える指で文字を打ち込んだ。


『ほんじつみていたのはですね』

『うん』

『じつはききたいことがあり』

『そうなんだ。じゃあどっかで会おうか?』


 は、話が早い。言い訳めいたことを書こうとしていた手が止まる。アイドルはこうなのか。いや、やり取りがかさむと時間がもったいないから早いだけかもしれない。


『おじかんさえよければ』

『今からここ来れる?』


 そのメッセージの後、一つの画像が送られてきた。カフェらしき店内と、皆森の自撮りが映っている。口元にピースをあてていた。あざとい仕草だ。店も名前が映ってるから、いくらでも検索で行けるだろう。


『いけます』

『じゃあ待ってるね。ちなみに、画像は待ち受けにしてもいいよ』


 む、無理だ。アイドルのプライベート写真を設定することもそうだし、夜宮以外の女の子を待ち受けに設定してたら三鳩さんに夜の海に投げ捨てられてしまう。


『待ってるねー』


 とりあえず皆森に会おう。

 俺はスマホで地図のアプリを開いて、さっきの画像に映っていたお店を検索した。



 ◇



 辿り着いたのは路地の少し隠れた所にあるこぢんまりとしたカフェだった。

 一応看板は店の前に出ているが、普通に歩く分にはあまりここには来ないだろうという立地をしている。


 ドアの前で一回だけ深呼吸をした。よし、OK。

 ここに来るまでに一応だいぶ落ち着いている。普通に、前のように話せるだろう。


 からん、とドアを開けるとオレンジの柔らかい光に迎えられた。お客さんは一人しかいないし、店員は見当たらない。……店員がいないのは店としてどうなんだ?


「榎並くん、こっちこっち」


 入口で立っていたら一人しかいないお客さんが手を振ってきた。皆森だったのか。気づけなかったのも無理はないと思う。見た目の雰囲気が全然違う。


 皆森はMA-1というのだろうか? スポーティな黒い上着を羽織っていた。それに黒のキャップを被っている。主に黒い装備だ。ダンスとかしてそうな雰囲気である。


「そこ座って」

「お、お邪魔します」

「なんか硬いなぁ。私たち同じ同盟の仲なのに」


 そう話されて、初めて会った時の皆森だなと思う。テレビで見る彼女とも、学校で人に囲まれている彼女とも違う。どことなく気を抜いた様子だ


 俺は皆森の前の椅子に座って、頭を下げた。


「とりあえず、時間作ってくれてありがとう」

「ううん、ぜんぜん」

「忙しいんじゃないのか?」

「忙しいけど、今は平気だよ。それに、榎並くんとは仲良くしておきたいからね」


 ずいぶんとありがたいことを言ってくれる。


「ここは?」

「私の知り合いがやってるお店だよ。あんまり人が来ないから丁度いいの」

「なるほど」


 たしかに、申し訳ないけど一人で来てたら怖くて帰ってたかもしれない。


「昼はカフェだけで人は少ないけど、夜のバーになると一杯来るみたいだよ」


 そうなのか。たしかに店内のカウンター付近にはバーみたいに背の高い椅子が並んでいる。言われてみれば灯りもどことなくシックというか、大人びた雰囲気だ。


「ちなみに、榎並くん」

「ん?」


 店内を眺めていたら、名前を呼ばれて視線を引き戻される。


「今日の私の服……どう? 普段見ない恰好だと思うんだけど、感想が無いから。どう? 似合うかな?」


 皆森が萌え袖にして、「がお」とポーズをとった。

 このポーズを写真に撮るだけでけっこうな価値がつきそうだ。


「……似合います」

「ありがと。よかった」


 俺の端的な褒め言葉でも皆森は顔を綻ばせてくれた。自然な雰囲気だ。よくはわからないが、アイドルとしての笑顔というより、素の表情に近いような気はした。俺の期待感のせいでそう見えるだけかもしれないけど。


「榎並くんは何か話したい事があったんだよね?」

「あ、ああ。実は――」

「その前に一回、私のお願いも聞いてもらってもいい?」

「お願い?」

「榎並くんのお願いも聞くからさ」


 皆森からのお願い。なんだろう

 疑問を覚える俺に、皆森が少し照れるように言う。


「実はね。その、改めて、榎並くんには友達としていてほしいなと思ってまして……」


 言われたことがすぐに掴めない。


「それは……もちろんだけど」

「うんまぁ。改めて言うこと? って感じだよね」


 皆森はおどけた様子で言った。

 でもなんとなくぎこちなくて、照れるような様子だった。


「ほんとはね。私、アイドルできるくらいメンタル強くないの」

「メンタル……」

「うん。アイドルになったのは、そんな自分を変えるためで。アイドルはかなりうまく行って、成功したって言えるけど、でも結局……中身は変わらなかった」


 皆森は笑顔のような、苦しそうな、変な顔をしている。


「……どうしても自分なんかが、って思っちゃう。キャラとして話してる時もそう思って、ストレスになる。けど、どうしてもアイドルとしての自分が抜けないんだよね」


 アイドルとしての自分と言われて、俺は教室での皆森を思い浮かべた。


「……気を張ってしまうみたいなこと?」

「そう、だね。言い方にもよるけど。相手と話してる時も、すぐどうやったら喜ぶかな、とか考えちゃう。癖なんだよね。普段は自信ありげにしてる私を見てるから、逆に今はもう少し大人しい方が嬉しいかなーとか」


 皆森が言うことは、俺が教室で皆森に感じていることと同じだった。

 周囲全員の目線を意識して、立ち振る舞いや言動を微妙に変えている。


(大変だろうな)


 少なくとも、俺にはできそうにない。


「でも、榎並くんには初日に吐いてるところ見られちゃったからさ」

「あー……」

「お、思い返さないでね!」


 たしかに、あの瞬間に演技とかそういうのが入る隙間はなかったはずだ。


「だからかな。いつもの癖があんまり出ないんだ。今もけっこう普通に喋れてる」


 皆森は肩を緩めて俺を見つめた。そこに気負った様子は見えない。でも本当に、そんなことでいいんだろうか。俺は何もしてない。ただ偶然あのタイミングで出くわしただけだ。本当に、それだけで。


「だからさ。友達としていてくれたら嬉しいなー……って」


 探るように覗いてくる。


 ……でもそういうお願いなら、断る理由は特にない。


「うん。友達でいてくれるなら、こっちこそありがたいよ」

「良かった。じゃあ……改めてよろしく」


 ふう、と皆森が息を吐く。


「あーよかった。今のもけっこう緊張したから」

「そんな風には見えなかったけど」


 たしかにちょっと肩が緩んだような気はする。でも気がするだけだ。あんまり他人のことはうまくわからない。そうだったらいいなとは思うけど。


「してたんだよ。実はね」


 おどけるように言って、皆森は背もたれにもたれかかった。


「――で? じゃあ、校内で唯一の親愛なる友人、榎並くんの話も聞かせてもらおうかな」


 ようやく俺の話だ。


 ちょっと言いづらいなと思いながら、本来の目的を切りだした。


「皆森さ……もう一人友だち欲しくない?」

「……え?」

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