第16話 皆森紗良の思うこと
◆
榎並くんと別れて、レッスンなど事務所での用事を終えて、私は家に帰った。
お風呂に入り、母が作ってくれたご飯を食べて、テレビを見ながら少し雑談して、それから自室に入り……ため息を吐く。
「だめだめだったな……」
ベッドに仰向けに倒れ込む。
今日はずっと調子が悪かったのだ。レッスン中、ずっと集中しきれなかった。そのせいで今までほとんどミスのなかったダンスを失敗して転んでしまった。
一瞬だけ、足首が痛いかもなと思って顔をしかめたら、トレーナーにしっかりバレてしまった。怪我の可能性がある以上、レッスンはいったん中止だと言われた。
なので今日は見学。
とても暇だった。
暇なので、つい彼のことを考えてしまった。
「榎並くんのせいだ……」
榎並くん。榎並柊介。私がこの学校で初めて話した男の子。体はシンプルな痩せ型という感じだけど、あれは意外と鍛えている。見た目はけっこうかっこいいのに、なんだか自信が無さそうにしている。なぜか目にだけ深みがある。
(榎並くんといるのは、なんだか楽なんだよね……)
たぶん榎並くんには汚いところを見せてしまったからだと思う。
私は普段、自信満々のアイドルというキャラを洋服のように着込んでいる。天才アイドル、水無月紗良。内側の私は、そんなに偉い人間じゃない。
キャラクターを演じることで、私はアイドルとしての外見を形成している。
でもそれはけっこうな負荷があるのだ。
相手から期待されるまま、アイドルのキャラを被って話をする。
そのキャラは私とは別人だ。離れている内面と外面に違和感を覚える。でも染みついた癖が今更抜けない。人と話すことそれ自体にもストレスがある。でもアイドルとしての自分は人と楽しく絡んでいなきゃいけない。
学校でもその癖は抜けなかった。どうしても相手に合わせて、アイドルとしての自分を考えて振舞ってしまう。
私が望んだこととはいえ、大変なのだ。
(でも榎並くんにはキャラを作らないでいい)
なぜなら初日にリバースして一番汚い所を見せてしまったから。
それにたぶん、彼がアイドルとしての私にあまり興味がないことも影響していると思う。
榎並くんはどうやら、日奈ちゃんのことをずっと気にしているようだ。
今日もまさか日奈ちゃんの話をされるとは思わなかった。
『皆森さ……もう一人友だち欲しくない?』
『……実は夜宮から中学の時の話を聞いてて』
「榎並くんの興味のある相手は日奈ちゃんだったか……」
夜宮日奈。日奈ちゃん。
中学校の時のお友達。
ずっと気にしていたことではあった。
(そうかそうか。榎並くんは日奈ちゃんと幼馴染だったのか)
最近は榎並くんをたまに眺めていたから、彼が日奈ちゃんのことをなんとなく気にしているのはわかっていた。でも幼馴染だったとは。さらに、私との仲直りを画策しているとは。
『もし、仲直りする気が少しでもあったら、二人で時間を作って話をしてほしい。学校で時間が取れなければ、どこか出かけるとか……』
榎並くんは、そんな風に提案してきた。私としてもぎこちなくなっている関係を修復はしたいし、出かけることに異論はない。お願いも聞くって言ったし。
「……今度の土曜日、お昼。十二時」
首だけ傾けてカレンダーの予定表を見る。スケジュールも問題ない。
榎並くん。日奈ちゃん。
返答は保留しているけど、答えてしまおう。
そう思って体を起こし、スマートフォンで榎並くんにメッセージを送る。
『今日の話。榎並くんが来るなら行くよ』
仲直りに榎並くんはいてもいなくてもいいけど、二人の間を仲介してるのだからこの場には方がいいだろう。あとはこう言うことで、少し困ってくれたらいい。私を困らせてるのだから、少しくらい。
「あー……」
そんなことを今日レッスンで捻った足首を触りながら考える。
特に痛みはない。明日は問題なさそうだ。
……そうしている間にも、なぜか榎並くんの姿がちらつく。
「考えちゃうなぁ……」
よくないよくない。
そう呟いて、何度目かのため息を吐いた。
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