第17話 再会

 次の休みになった。

 俺は夜宮と二人で、駅の近くの広場に立っている。


 待ち合わせをしているのだ。

 相手はもちろん、皆森と。


「ほんとうに、来るんでしょうか」


 夜宮がぽつりと零す。昨日から、というか、皆森との約束を取り付けたことを話してから、ずっとこうだ。不安そうにしている。


 皆森はカフェで話した時は返事をくれなかったが、夜になって『今日の話。榎並くんが来るなら行くよ』とメッセージをくれた。


 なぜ俺まで。


 と思わないでもなかったが、夜宮に話したら「来てほしいです。一緒に」と言われた。なので俺はのこのこ二人のお出かけに着いてきている。邪魔するなと怒られそうだ。誰にかはわからないが。


「皆森は来るよ。……そう言ってたし」


 今日の夜宮は細身のセーターを着て、ふわっとしたロングスカートを履いていた。そして肩に下げたショルダーバッグの紐をぎゅっと握りしめている。

 緊張した様子だ。表情もいつも以上に硬い。


「来なかったら、どうしますか」

「来ると思うけどなぁ……」

「思うでは弱いです」

「……かなぁ」


 緊張と不安に襲われていることがわかる。皆森が来れば解決するのだが、まだ来ない。来るよな? 来ないと困るんだが。さっきからスマホをちらちら見ているが、特に連絡も来ていない。


 夜宮と皆森は、お互いを心配しすぎて言い合いになったらしい。その喧嘩とも言えない喧嘩が原因でお別れ……とはならないはずだ。夜宮はまた仲良くしたいと言っていた。


 きっと皆森もそうだ。俺にはそう推測できる。

 誰にも相談できないことだが、タイムリープ前とクラスの名簿が違うからだ。


 皆森は一週目の時、クラスにいなかった。それは間違いない。でも今回になって夜宮を助けた結果、皆森がクラスに来ている。ならばきっと、夜宮が何か影響しているのだと考えられるだろう。


 きっと夜宮と仲直りするためというのも理由には入ってるんじゃないか。

 詳しいことはわからないが。


「――おーい、遅れてごめんねー!」


 ぱっと顔を上げる。


 何やらどこかで見たサングラスをかけた女子がやってきていた。深めのキャップを被って、髪は普段見ない形に結ばれている。上にはパーカーと、スポーティな雰囲気の羽織もの。下は細身のパンツだった。


 サングラスが目立ってて、正直ちょっと変な人に見える。


「……そのサングラスは本当に日常的に使ってるのか?」

「たまにね」


 皆森はそう言うとサングラスを外して、すっと赤縁の眼鏡をかけた。そうすると印象が整う。大人っぽい女子だ。昨日の印象ともまた違う。これならきっとテレビで見る天才アイドルだとはわからないんじゃないか。


「ごめんね。準備してたら遅れちゃった」


 苦笑しながら歩み寄ってくる。

 でも、時刻はぴったりだ。俺たちが早く着きすぎただけで。


 その皆森に向けて、夜宮が一歩踏み出した。


「あの……さ、紗良さん!」


 緊張しているようだ。さほど声量があるわけじゃないが、大声を出しているのを初めて聞いた気がする。

 皆森は照れた様子でその視線を受け止めた。


「うん。日奈ちゃん。――あの時はごめんね」


 夜宮はぱちぱちと目を瞬かせた。


「いえ……私こそ」

「ううん、私の方が悪いよ。日奈ちゃんのこと、全然わかってなかったのに」

「私も、紗良さんのことを全然……」

「うん……だから、日奈ちゃん」


 皆森が、夜宮に向けて手を差し出した。


「私と仲直り、してくれますか?」

「は、はい……!」


 夜宮がその手を両手でぎゅっと握った。そのままの俺の方を見た。すごく嬉しそうな顔だ。高校に合格した時よりも喜んでいることがよくわかる。しかしなぜ俺を見る。


「柊くん、ありがとうございます……!」

「私からも、ありがと。榎並くん。こういう場が無かったら、ずるずるそのままになっちゃってた気がする」


 手を繋いだままの二人から熱い視線が送られる。……いやいや、俺は本当に場をセッティングしただけだ。お互い仲直りしたい二人とかいう、もう結果が見えるような二人を集めただけで。


「……じゃあ、俺はこれで帰ろうかな」

「え? 帰っちゃうんですか?」

「え? 帰っちゃうの?」

「……え?」


 二人の関係は修復された。それも見届けた。

 であればこれ以上ここにいる必要はない気がする。


「せっかくだから一緒にどこか行こうよ。私、久々のオフだしさ」

「はい。柊くんもぜひ、行きましょう」


 二人が俺を見つめている。なんて断りづらい雰囲気なんだ。


「……じゃあ」

「よし、それじゃ行こっか。とりあえずショッピングモールとかでいいかな?」

「は、はい!」


 結局行くことになった。

 二人が歩き出すのを見て、俺は多少距離を取りながらついていく。


(でも、良かった)


 並んで歩いている二人を見て、胸にこみ上げてくるものがある。夜宮に友達ができた。なんと。あの。夜宮に。いや、中学で元々できてはいたんだけど、今こうしてまた一緒に遊ぼうとしている。


 大変喜ばしいことだ。夜宮の側に俺以外にもいてくれる人がいる。


「あ、柊くん……」


 その時、ふと前を歩いていた夜宮が戻ってきた。

 夜宮が耳元に顔を寄せて囁いてくる。


「本当に、ありがとうございます」

「別にいいよ。俺は取り次いだだけだし……」

「いえ、でも、また今度お礼をさせてくださいね」


 それだけ言って、また皆森の方へ戻っていった。


(お礼か)


 別にいいのにな。どうしてもと言うなら、またお菓子とか作ってくれたら嬉しい。

 夜宮が喜んでくれるなら、俺はなんだって嬉しいのだ。


 と、そこで、皆森がじっと考え込むように俺たちを見つめているのに気付いた。


「紗良さん? どうかしましたか?」

「あ、ううん。なんでもない」


 夜宮に呼びかけられてはっと顔を上げる。


 そしてなぜか「む……」と何か釈然としないものがあるような顔で俺に目を向けた。


「……な、何か?」

「……ううん」


 なんだろう。まったくわからない。


 わからないけど、俺は流されるままにショッピングモールへと足を進めるのだった。

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