第18話 お出かけ

 夜宮と皆森とのデートは、傍からみると非常にキラキラしていた。


 一般客のような気分で二人を見ていると、明らかに目立っていることがわかる。皆森は雰囲気を変えてはいるものの、かなり可愛い。

 それに身のこなしがなんというか華やかだ。職業柄と言うやつだろうか。


 夜宮はすごく雰囲気が優雅だ。背筋が凛と伸びていて、歩くたびに長い髪が揺れていた。どこか品がある。赤いカーペットを歩いている女優のような。


「日奈ちゃんっていつも教室で何してるの? 本読んでたっけ?」

「はい、本を読んでいます」

「なんて本?」

「最近は友達の作り方の本を……」

「…………」

「あの、紗良さん?」

「……ハグしていい?」

「え? は、はい」

「これからは私が友達だから……絶対一人にしないからね……!」

「あ、ありがとうございます……?」


 俺は遠くも近くもない距離から、ハグし始めた二人をぼんやり眺めている。


 あのキラキラした空間に比べ、俺は……。

 不審者に見られないか不安だ。やっぱり帰った方がいいんじゃないだろうか。


 夜宮はそんな俺をちらっと振り返ってきた。不安そうな目をしている。

 皆森も気づいて呆れた顔で振り返る。


「榎並くん、もうちょっと近く寄りなよー」

「え?」

「それだと不審者っぽいじゃん」


 言われてしまった。おっしゃる通りなので距離を詰める。

 夜宮が安堵したようにわずかに微笑む。


「柊くん……どうかしましたか?」

「いや……お邪魔かなと」

「いえ、邪魔じゃないです。……ぜひ一緒にいてください」

「……了解」


 そう言われては離れづらい。

 皆森はそんな俺と夜宮を微妙な顔でじっと見つめている。


「……二人ってさぁ……」

「はい?」

「ん?」


 皆森が何か言いたげだったが、一つ息を吐いて首を振った。


「……ううん、ごめん。なんでもない。ちなみに、榎並くんはけっこうかっこいいから。全然一緒にいても変じゃないよ」

「え?」


 何だって?


「教室にいる時から思ってたけど、榎並くんって自信なさすぎじゃない? もうちょっと自信持ってもいいと思うんだけどなー」


 指先をあごに添えて、硬直する俺の全身を眺める。


「日奈ちゃんもそう思わない?」

「え、はい。……柊くんはかっこいいですよ?」


 夜宮にも当然のように頷かれて俺は混乱した。

 ん? かっこいい? 俺が? 何が……?


 いやたしかに、高校入学前の春休みに色々とやった。杏沙のプロデュースだし、変なことにはなっていないはずだ。でも、この二人と比較した時に並び立てるかと言えば、そんなことはないと思うけど。


「昔からかっこよかったです」

「……そういう話ではない気がする……けど、でも、そういうことだよ!」


 皆森が矛盾した台詞を言いながら俺に指を突きつけてくる。

 どういうことだ。


「ちなみに二人とも時間は平気? よかったら服とか見に行きたいな」

「はい。私は平気です」

「俺もいいよ」


 ということで洋服を見に行くことになった。



 ◇



 皆森が向かったのは名前くらいは聞いたことのあるセレクトショップのお店だった。量販店よりは雰囲気が洒落ていて、値札の数字も一回り高い。


 慣れた様子で皆森が店内を歩く。


「夏物の服を買いたいんだよね」

「まだ春だけど?」

「新作は早めに出るんだよ。ブランドによっては夏に冬物が出たりとかもするし」

「そうなのか……」


 俺の日頃の生活からはかけ離れた知識であった。俺が自分で選ぶ服装といえば、制服。ジャージ。楽な格好のTシャツ。以上。今日の服は杏沙が選んでくれたからまともだ。


「日奈ちゃんはお洋服ってどうしてるの?」

「そうですね……本家の人がいくつか送ってくれて、そこから選びます」

「おお……ブルジョワ感……」


 皆森が慄いている。そういえば夜宮家はかなりブルジョワの家なのだった。

 うちにいるイメージしかないから、たまにそのことを忘れてしまう。


「ちょっと私あっち見てくるねー」

「おー」


 皆森が服を物色しに行った。目が輝いていたので、服を見るのが好きなんだろう。この前のカフェといい、今日といい、色んな雰囲気の服も持っているし。


「柊くん……少しいいですか?」

「ん?」


 俺が手持無沙汰に洋服を眺めていたところで、夜宮がふと横に並んだ。


「紗良さんとこうしてお話できるようにしてくれて、ありがとうございました」

「え? いや、そんな改めて言うことでも」

「いえ。ちゃんと感謝しているんです。私は前から紗良さんのことをすごく……尊敬していて」


 夜宮は憧れの人を語るみたいにわずかに声を明るくしている。 


「紗良さんはすごいんです。アイドルとして頑張っていて、なのに周りとも仲良くして、私にも気を使ってくれて。……完璧なんです」


 べた褒めだ。夜宮が人をこんな風に言うのを初めて聞いた。でもそういう相手がいるのはいいことだな。


「仲直りできてよかったな」

「はい……!」


 この調子ならこれからもきっと仲良くできるだろう。


「ねぇ……日奈ちゃん……」


 と、そこへ皆森がいろんな服を手に持ってやってきた。どこか獲物を見つけた獣のような目だ。服は全部女性ものである。


「は、はい。なんでしょうか」

「一緒に試着室に行こっか……」

「え、試着室?」

「平気だよ……怖くないからね……ぐへへ」


 皆森の目がキマってる。いやめっちゃ怖い。

 明らかに不審者だ。


「こ、怖くないなら大丈夫です」


 けど夜宮は健気にもそう言ってしまった。純粋すぎる。

 皆森はぐふへへと笑みを深め、夜宮の肩を押して試着室へと向かっていった。ドナドナ。


 試着室に二人が入る。

 カーテンを閉める間際に皆森が顔をのぞかせた。


「決して中を覗いてはいけませんよ」

「覗かんわ」


 犯罪になる。

 それから、カーテンの内側で皆森による皆森のための着せ替えショーが始まった。


「うわぁ……日奈ちゃんめっちゃ可愛い……」

「ぐふ……これもいい……」

「あー……かわいい」

「おー……かわいい」


 語彙力、大丈夫だろうか。


 俺は試着室の前にある椅子に腰かけ、皆森の脳の溶けた感想だけを聞いていた。きっと夜宮はたいへん素材が良い。皆森の楽しい着せ替えタイムだ。

 暇なので俺は素数を数えていた。あー楽しい。


「柊くん……あの、これって、どうでしょうか?」

「え?」


 そうしていたら、しゃっとカーテンを引く音がして、中から夜宮が顔を覗かせた。


 夜宮は皆森と雰囲気が近いコーディネートをしていた。ストリート系というのだろうか。夜宮にしてはかなり攻めたファッションだ。ホットパンツのようなものを履いていて、細いすべすべした足の大部分を惜しげもなくさらしている。


 皆森のセンスだろう。めっちゃ可愛い。可愛いのだけど、直視ができない。

 夜宮はあまり肌を露出するような服を着ないので目に多大な負荷がかかる。足が、肌が……眩しい!


 夜宮も恥ずかしいようで、顔を赤らめていた。


「あの、柊くん、何か言ってください……」

「かっ、可愛いと……思います」

「……そ、そうですか」


 顔を赤くしたまま、しゃーっとカーテンを引いてまた隠れる。それからは着せ替えのたびにカーテンが開かれ「ど、どうですか……?」と聞かれ始めた。素材もいいし、皆森のセンスもいい。雑誌のページをめくるようにコーディネートが紹介される。


「め、めっちゃ可愛いと、思います……」

「ああ……それもいいな……」

「あー……かわいい」

「おー……かわいい」


 皆森の気持ちがよくわかった。良すぎて、語彙力が死んでくる。


「あれ……なんだろう、この空間……」


 皆森はなぜかだんだん目が死に始めた。低い声で何事かを呟いている。

 もしかして体調が悪いのだろうか。それなら無理はしないでほしい。


「紗良さん……大丈夫ですか?」

「……あ、うん。大丈夫なんだけど……ちょっと一旦、気分転換が必要かな! あはは……!」


 なんだか空元気のような声を出し始める。本当に大丈夫か。


「あっ。そうだ、じゃあ榎並くんも着せ替えしようかな」

「え……? 皆森の買い物は?」

「いいの。男子のファッションも気になるし!」


 ターゲットが移ってしまったらしい。ぴょんと試着室から出てきて、「ふむふむ……」と俺の全身を舐めるように見回している。いいのか、アイドルがそんな視線を向けて。


「ぐへへ、お兄さん……けっこういい身体してますね……」

「言動が完全に変態だ」

「いいのいいの。榎並くんにしかやらないし!」

「それはやっていい理由にはならなくないか?」

「じゃあ榎並くんもやっていいよ。お互いにやれば完璧だね」

「不審者にはなりたくないな……」


 微妙な顔をしていたら、ふと夜宮が目に入った。

 立ち尽くしたまま、胸元をきゅっと抑えている。


「お、お二人は思っていたより……仲が良いんですね?」

「え? そうかな……」


 首を傾げて考える。あまりそういう認識は無かったけど。


「……す、すみません。気にしないでください」


 夜宮はわずかに俯いて呟き、試着室のカーテンを閉めた。

 ……なんだったんだろう。

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