第10話 初日は不安

 学校に到着して、夜宮と一緒にクラス分けの張り紙を見る。どうなるかと思っていたが、同じクラスに決まった。


「よかった……よろしくお願いしますね。柊くん」


 夜宮もクラス分けの張り紙を見て、ほっとしたように表情を緩めた。


 俺は厳かに頷く。

 まぁでもこうなる気はしていた。前に家に来た時に三鳩さんが『教室でもよろしくお願いしますね』と言っていたから。裏の事情はちょっと知らないけど。


「……あ、学校ではあまり話さないように、でしたね」

「一応な」


 一応、許嫁というのは学校では隠す……というか自分たちからは言わないことになった。なぜならば単純に不要な注目を浴びるからだ。


 何かあれば幼馴染だと周りには言うことにした。

 まぁ、変な噂にならなければ、それすらも言わなくていいと思っているけど。


 俺にも、夜宮にも、それぞれの学生ライフがあるのだ。

 特に夜宮にはきらきらした青春を送ってほしい。俺が四六時中ずっと傍にいたら、もしかしたら築けない関係なんかもあるかもしれない。


 恋愛……は家の都合で難しいにしても、友だちができてくれたらいいなと思っている。


 夜宮のことを受け容れ、助けてくれる存在。


 もちろん手あたり次第に仲良くなれと言っているわけじゃない。一人でも夜宮の側にいてくれる人が増えたらいいと思っているだけだ。何かあった時にも、助けてくれるかもしれない。


(友だちへの理想が高いかもしれないけどな……)


 まぁそこまでしてくれなくても、夜宮の学校生活を楽しくしてくれる人ができたらいいと思う。


「柊くん。どうしました? 表情がぐねぐね動いてますが」


 そんなことを考えていたら夜宮に不思議そうな目で見られた。


「いや、友だちができるかなってさ」

「たしかに、そうですね。私はあまり必要とは思っていませんが……」

「ええ!?」


 いきなり俺の理想が崩壊した。夜宮がきょとんと見上げる。


「でも、柊くんがいますよね?」


(いや、そうだけど!)


 んんっ! と俺は咳払いをする。


「いや、でもさ。やっぱり俺がいない日もあるわけだし」

「そうなんですか?」

「体調不良とか」

「そうなったら、私が看病しますね」

「いやいや」


 学校に行ってくれ。


「でもまぁ、だとしても、友達はいてもいいと思うんだ」

「そうでしょうか」

「もちろん無理にとは言わないけど……」


 当然、夜宮の気持ちが一番大事だ。

 夜宮が友だちはいらないと言うなら、それも一つの選択ではある。


 つかえながらも伝える。


「でも、夜宮が誰かと仲良くしていたら……嬉しい、気がする」


 言いながら、俺は夜宮が他の生徒と和やかな様子で話している様子を想像する。

 かつてクラスメイトから遠巻きにされていた夜宮に、友達ができている。他愛ない雑談をしている。一緒に出かけている。


 なんか泣ける。


 親目線というやつなんだろうか。


「嬉しい……ですか」


 夜宮が考えるように俯く。


 でも無理はしなくていいのだ。本当に。別に友達がいなくてもなんとかなる。一人だと居たたまれない気持ちもなくはないけど、他にも面白い物は世の中には色々転がっている。だから気を紛らわすくらいもできる。経験談だ。


 そもそも俺にも友達ができるかわからないわけだし。


「わかりました」


 人のことは言えないなと思っていたら、夜宮が芯の通った声で言った。

 顔を上げた夜宮は、なんとなくきりっとした顔をしていた。


「できるかわかりませんが……努力はしてみます」





 教室に入った俺たちは別れて着席した。


(まだ時間が早いな……)


 人が全然いない。まばらに席が埋まってはいるものの、会話はほぼゼロだ。しーんとしている。


 座席表は苗字の五十音順のシンプルなやつだった。

 俺の席はタイムリープ前と同じ。廊下側、前から四番目の席である。クラスの名簿もだいたい一緒だ。若干、記憶は怪しいけど。


 夜宮は窓際の一番後ろだ。友達を作ると宣言したものの、まだ動く気配はない。スマートフォンを取り出し、何かを調べている。


 気になってちらちら眺めていたら、俺のスマホにメッセージが届いた。


『柊くん。お友達作りのやり方が載っているおすすめの書籍などはありますか?』


 ……不安だ。

 中学とか最初は普通に通っていたと思うけど、どんな感じだったんだろう。


『すまん、本はあんまり詳しくないな』

『了解です。ありがとうございます』


 夜宮が今度はスマートフォンで何かを検索し始める。『友だち 作り方 本』とかで検索してそうだ。

 ……不安が募る。


(けど、ちょっとお手洗いへ……)


 夜宮の様子を見守りつつ過ごしていたが、おもむろに席を立つ。


「……ん?」


 トイレに寄った帰り際、窓から見下ろした先で、庭の方を女の子が歩いている様子を見つけた。お腹を両手で抱えるようにして、苦しそうに足を引きずっている。


(誰だ? 胃が痛いのか? 保健室はそっちじゃないぞ……!)


 慌てて俺は廊下を引き返して、玄関から外へ出ていく。


 俺はタイムリープをしてきた。

 この高校に思い出はさほどないが、それでも校内の配置くらいは覚えている。


 昼休みとか、一人でいるのが居たたまれなくてよく校内を散歩していたのだ。おかげで穴場のスポットとか、結構知っている。悲しいね。


 女の子が歩いていったのはその穴場スポットの一つだった。


 そこは一棟から二棟への渡り廊下の奥にある。綺麗な花壇があり、その先に一つだけ割と綺麗なベンチが置いてあるのだ。人はあまり来ず、夏は日も避けられるのでよく使っていた。


(いた)


 思った通り、女の子はそこにいた。

 お腹を抱えて体を小さく曲げている。やっぱり体調が悪いのか? 小さく呻き声も聞こえる。


「大丈夫……か?」

「……!?」


 声をかけたら、がばっと顔を上げた。そこでなぜかサングラスを付けていることが判明した。……なんで? サングラス越しにわずかに目が見える。大きい瞳だ。かなりの美少女じゃないだろうかと思う。


「急に話しかけてごめん。体調が悪そうに見えたから」

「……れて」

「え?」

「離れ……っ! うっ」


 俺は美少女としてあるまじき物体が口から吐き出されるのを目撃した。


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