第5話 後日

 その後の話には、取り立てて事件はなかった。


 家の側まで辿り着くと、即座に三鳩さんが駆け寄って夜宮を抱きしめた。

 俺に『このお礼は後日いたします』と述べた後、夜宮とを見たことのない黒塗りの車に乗せた。


 きっと、本家のお迎えなのだろう。車から威圧感がある。


 俺は『少しだけ待っててください!』と言って、急いで紙にとある名前を書き殴り、あとは毛布を引っ張り出してきた。


 毛布は夜宮のためだ。命に別状は無いだろうが、体は冷えている。せめてもの防寒になればと、毛布を車の中に放り込んだ。

 夜宮は目を丸くしていたが、『ありがとうございます』とか細い声で呟いた。


 紙は三鳩さんに渡した。小声で尋ねてくる。


『榎並さん……これは?』

『夜宮の扱いが良くならないようだったら、偉い人か誰かに渡してもらえますか』

『内容は聞いていいものでしょうか』

『これから不祥事を起こしそうな人リストです』

『は……!?』


 未来で、関連企業で不祥事を起こして捕まった人の名前一覧だ。


 これが伝わることで抑止になるのかはわからない。正直、信じられるかも怪しい。最悪は口封じとかされるのかもしれない。でも、俺からできることはこのくらいしかなかった。


『え……? 本当ですか? というより、なぜこんなものを……?』

『色々ありまして』


 三鳩さんの疑念にはそう誤魔化した。タイムリープとか言っても困らせてしまう。


『時間をとらせてすみません。三鳩さん、お願いしますね』


 まだ疑問のありそうな顔だったが、ぎこちなく頷いてくれた。


 そうして夜宮と三鳩さんは車に乗って、どこかへ行った。

 おそらく本家の屋敷だろう。

 大きな屋敷に昔住んでいたと、ずっと前に夜宮から聞いた気がする。



 ◇



 そうして一週間が経った。


「おはよう。母さん」

「あら今日も早いねー、柊介」


 朝起きると、リビングにはスーツを着た母さんがいた。

 気だるそうな顔で、がしがしと頭の裏をかいている。


 母さんはパッと見ると仕事のできる美人と言う感じだ。

 でも実際は結構がさつだし適当な人である。


 タイムリープ前と大きく雰囲気は変わらないが、やっぱり顔が若い。


「またランニング? 急に毎日偉いねー、なんかあった?」

「高校に入る前に身を引き締めようかと……」

「ほー。じゃ、私はちょっと出てくるから」

「何の用?」

「仕事。なんか急に来てくれってさ。やだよねー。柊介はこーいうとこ就職すんのやめときなよ」

「……うん」

「何? だいぶ暗い声だね」


 ごめん、しっかりそういう所に入ってしまったよ、母さん。

 今回は絶対に同じ所には行かないようにしよう。


「あ、そうだ柊介。そういえばこの前のことで、三鳩さんからお話があるって」

「……お話?」

「ま、あんたもそういうの考える時期でしょ。じゃ、杏沙の面倒、よろしくね」

「……時期……?」


 はっきりしないことを言い残して母さんが出ていく。


 三鳩さんから?

 なんの話だろう?


 普通に考えれば夜宮のことだとは思うが。

 まぁ、聞けばわかるか。

 そもそも一週間、連絡も無いけど。


 俺はそんなことを考えながら家を出て、周囲の道を走り始めた。


 十年ぶりに見る実家周りは、記憶とほとんど変わっていない。いや当たり前なんだけど。潰れたはずのコンビニがまだあったりすると、逆に新鮮に感じる。


(……さて。これからどうしようか)


 走りながらそんなことを思う。


 タイムリープして、一番重要だった事柄は既に解決した。今日になって本当は助けられていなかったらどうしよう、などと心配したが、そんな様子は無い。


 だから、俺の目的は達成されたと言ってもいい。


 タイムリープする作品だと、目的を達成したらどうなるのだろう。ヒロインを救い出したら未来に戻るものとか、見たことがあるような気がする。それか、そのままハッピーエンドとか。


 でも俺はまだこうしてぼんやりとランニングなどしている。


 どうしよう。まったり学生生活でも送るのがいいんだろうか。タイムリープ前の辛い社畜に戻りたいとは思わない。なら学生生活も楽しそうだ。前は友達もいなかったが、今度はもう少し上手く出来るだろうし……。できたらいいな……。


 ぐるっと近くの川沿いを軽く一周して、戻ってくる。

 うちの側にあるマンションを眺めた。


(夜宮は大丈夫かな)


 ちゃんと折り合いはついただろうか。


 なんにせよ、いい結果になることを望んでいる。


 そんなことを考えつつ家に帰ったら――リビングに見慣れぬ二人がいて驚愕した。


「は? ……よ、夜宮? と、三鳩さん?」


 気にしていた本人たちが、何食わぬ顔でうちのソファに座っていた。








 ――――――


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