第9話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン8
Tシャツを買っておいてよかった。
運動着、ウェアというらしいが、
具体的には胸の辺りだ。
歩くだけで横や首元からの見え方が心もとない。
ウェアの腹丈も少しお腹が晒されてしまうくらい短くて、サイズ感の合ったTシャツがあるおかげでウェアの不安点をなんとかできたのだ。
下半身のウェアは逆にオーバーサイズで、
幸い下半身のウェアは紐でしっかり腰に固定できるので、ずり落ちたりなどの困ったことにはならなかった。
ウェアの色合いは上下とも淡いピンクと白で統一されている。
いわゆる、フェミニン系だ。
あたしは普段こういう色合いや系統の服は着ないので、ちょっと気恥ずかしさもある。
平日の夕方で、まだ
案内してくれたトレーナーのお姉さんには申し訳ないが、今日らあまり時間は取れないので、トレーニングルームの個々の機材説明はスキップさせてもらった。
次回以降、使いたい機器やトレーニング方法が聞きたかったら、スタッフに声をかけるようにと案内してくれた。
このお姉さんの腹筋の割れ方はやばい。
シックスパックなんて生で見たの初めてだ。
ちょっと触ってみたいけど、初対面なのでそこは自粛自粛。
もっと仲良くなったら触らせてくれたりするかな?
たしか
腹筋がすごい
走るのは好きだし、走っていたら自分の服装のことは気にならなくなった。
案内してくれた
ジム良いかも……これで隣にゆうちゃんがいたらもっと良いと思う。
うん、2人で話しながら運動するのはすごく楽しいだろうなぁ。
健康にも良いだろうし、ゆうちゃんには長生きしてもらいたい。
次は誘ってみようかな?
でも、ここのジムはゆうちゃんの職場からは遠すぎるし、住んでるところの近くとかに良いジムがないだろうか?
今度調べてみよう。
ひとっ走りして、汗が吹き出してきたところで、そろそろ会社に戻らないと。
トレーナーのお姉さんに挨拶をして、タオルと着替えを取りに行ってからシャワー室へ向かった。
個室の扉がならんでいて、個室の中には脱衣場とホテルとかでよく見るようなシャワーブース。
真上から水が落ちてくるやつだ。
女性向けのトリートメントやシャンプーも何種類もあって、今どきのジムって色んなところで女性目線の気遣いがあって、
気持ちよくシャワーを浴びて、
上は、ゆるっとしたパーカーで、冬だからかフードのところがモコモコしていて温かい。
服からは軽く
下は、レディースジーンズで、ウェアと同じく少々ゆるめ、丈も少し短い。
ベルトを閉めれば着れなくないので、確かに先程までのぐしょぐしょのスーツよりはだいぶマシだと思う。
普段しないような女の子感がある服装。
このまま会社に戻るのは、
これを貸してくれて仕事のフォローをしてくれた
ジムを出て、エレベーターで会社のフロアのボタンを押す。
エレベーターが開き、すぐに
「あ、
さっきはごめん。
ちょっと先方と色々あってね」
それもそうだろう。
スーツでしか会社に来ないあたしが、私服っぽい格好で現れたのだ。
不思議に思うのが普通だ。
「あ、これは、なんていうか……」
なんて説明したらいいんだろう?
「それ、
「え?ああ、うん……?」
なんで知ってるんだろう……
なんで?
「どうして……」
「え?
「どうしてそんなもの着てるんですか!」
「やっ、え?ちょっと待って!
手、離して!」
突然の大声と同時に掴みかかってくる
その目は見開かれて、眉間にシワがよっている。
その形相で
なんとかその手を掴み、抵抗する。
「やめて、
どうしたの?!」
「そんな服!似合わない!
前髪も長く、普段はこんなに表情は見えないが、今は掴みかかってきた勢いで髪が後ろに流れていて、はっきりと表情が見えている。
しかし、今はものすごい怒気を孕んだ形相で力強く引っ張っられる。
対抗して
「これは臨時で急場しのぎに着てるだけだから。
明日になったらまたスーツ着てるから、引っ張るのをやめてくれない?
あたしの可愛い後輩の
「あう、かわ……ぃぃなんて」
手の力が明らかに弱まった。
「
手先がすごく繊細で、編み物とかも得意でしょ?
どんなチョコなのかな?
きっと美味しいだろうなって」
「そんなの……う、うそ!
そんなこと、先輩は知らない」
最初はグイグイと腕を伸ばして抵抗されたが、ゆっくりと引き寄せると、大人しくあたしの胸元に耳をつける形に収まった。
「この髪留め。
自分で作ったんだよね?
レース編みでキレイだなってずっと思ってたよ。
あたしって背が高いからさ。
毎日違う髪留めつけてる
それに、この間くれたブローチも、結構お気に入りでさ。
今日もさっきまでつけてたんだよ?」
「……ふあわっ…………しっ、知って……ます……」
ああ、やっぱり。
この子もあたしのことを想ってくれていたんだ。
だからあたしが
あれ?どうしてこれが
「
どうしてこの服が
借りてきた猫のように大人しくなって……少し怯えてる?
「
ごめん、無理やり抱きしめちゃったけど、怖かったよね?」
腕を緩めようとした。
「違います!
怖くなんか!
先輩に……謝らないといけないことがあります…………」
「服を引っ張ったことなら、破れたりしてないから、もう大丈夫だよ?」
「……盗聴器……です…………」
「……へ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ちょっ、ちょっと、ちょっと待って、ごめん、本当に待って…………盗聴……器?」
「……ごめんなさい、先輩…………あのブローチに、近距離盗聴器を仕込みました……」
「……え、う、うそ……だよね?
…………だって、
もしかして誰かに仕込めって言われて?
脅されて?」
「私が……仕込みました……自分の意思で……ごめんなさい…………」
「じゃあ、今日の朝とか、キュレールとの会合も?
「Gとも、私も入れればよかった……。
でも、先輩にGともになってもらうのが難しかったかもしれません」
朝の
そのあとも彼女の告白は続いた。
「佳山さん達からチョコを
午前中もずっと聞かれてた。
「お昼は……探したんですけど……場所が分からなくて……」
お昼ご飯の時の
顔から引いていた血の気が少しだけ戻ってきた気がする。
「昼から帰ってきた時、チョコを受け取ってたので、そのあとなら渡せるかと思って、キュレールの
その……会話も全部…………聞いちゃいました」
あたしは
「
キュレールのCEOを
絶対に公開してはいけない秘匿中の秘匿にしておく必要がある。
1つ理由として、あたしと
万が一それが外部にオープンになった場合、別の会社に内部情報を話してしまった
あるいは、
ただでさえ好きでもない人との婚約に結婚なのに、それ以上を彼女に背負わせるなんて、あたしは絶対にしたくない。
しかも、外部に情報が漏れたのなら、即ち、あたしの裏切り行為と見なされる事態でもある。
それだけで済めば良いものを、最悪企業間の損害賠償などにも十分あり得てしまい、
あたし自身も身の回りにまさか盗聴器を使う人が現れるなんて思っていなかったという甘さが、このピンチを引き寄せてしまった。
彼女の盗聴行為はもちろん違法行為だ。
でも、彼女さえ説得できれば、重大事故はまだ回避できるかもしれない。
その盗聴器について、詳しく話してもらう必要がありそうだ。
他にこのことを知る人がいないことを願いながら、あたしは
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