第4話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン3
そのあともアタックは続いていた。
トイレに立てば後ろから気配が近寄ってきたり、席にいても周りの席の人がどこかに行っている時に、こっそりとやってくる女子たち。
何人かは廊下で出会い頭に唐突にチョコを差し出されたりと、常に意識を強くもって警戒していないとうっかりチョコを受け取ってしまいそうになる。
考えていたお断りのセリフで、どうにかチョコを受け取らないことには辛うじて成功していた。
しかし……。
しかしだ…………。
トイレから戻りざまに見えたのは、さっきチョコを手渡そうとしてきた
少し遠かったのと、顔を伏せていたので表情はわからなかった。
が、間違いなく彼女だった。
それも、荷物を持ってエレベーターへ向かっているようにみえた。
あたしがオフィスに戻ってきた瞬間、部長の席から大声が聞こえてきた。
「おい
お前またか!」
チョコを断ることには、たしかに成功した。
でも、佳山さんのように誰かを傷つけてしまうのは、どうしようもない罪悪感で胸を締め付けてくる。
もしあたしが佳山さんだったなら、誰かを想って用意したチョコレートを受け取って貰えないとなった時。
おそらく自分も仕事を続けられる精神状態ではいられないと思う。
「
貴様聞こえてるんだろう!なあ!?」
あたしがリアクションしないのを尻目に、剛腕で知られる
もちろん声は聞こえている。
そして、
あたしはオフィスに戻ってくるのと同じくらい重たい足取りで、部長席に向かって歩いていく。
「おい、
こっちに
自分でも暗い顔をしていると思う。
どうしたら良かったのか。
もっといい方法があったのだろうか。
佳山さんだけではない。
その前に断った子も、その前の子も、決して報われたという顔はしていなかった。
毎年のように来る者拒まずでたくさんのチョコを受け取ってきた。
断らないということを噂されていたのかもしれない。
そんなあたしが、まさか断るとは思っていなかったのだろう。
申し訳ないという表情を貼り付けて断り文句を告げるあたしの様子を、目を見開いて、信じられないといった表情で見つめ返してくる。
中には、そのままみるみる涙が溢れてきて、その場に泣き崩れてしまう子もいた。
あたしが……泣かせたのだ…………。
泣きたいのはあたしも同じだった。
みんな悪い子ではない。
普段から廊下ですれ違うと挨拶や日常会話をする仲だし、仕事や悩みの相談に乗ることもある。
みんな美容や健康に並々ならない時間と神経を使い、服装や髪型、発声にいたるまで、家庭の事情や自身の女としての体の特徴とも向き合って、苦労しながらも高めていく努力を日々重ねている。
普段から彼女たちの頑張る姿勢をみているから、あたしは彼女たちへのリスペクトを忘れず、それを言葉にしてできうる限り届けようと心に決めている。
女は見られて綺麗になっていくし、綺麗になるモチベーションを維持するためにも、誰かに褒めてもらいたい。
頑張る自分に気づいて、それを応援してもらえていると実感できなければ、維持できないくらい頑張り続けているからだ。
チョコを渡そうとしてきた子たちがどんな子で、どこに席があるのかは把握している。
戻ってきたオフィスからは、いつの間にか女子が数人減っていて、それもあたしにチョコを渡そうとした子たちがいないことにもすぐに気がついてしまった。
「
「お?おう、おっお前、
なんつう顔してやがる!?
お、お前もなのか!?
お前も体調が優れないとかで、早退するんじゃあないよな!?おい!?」
「部長……あたし……」
「いいや、言うな!俺は聞きたくない!
断じて否だ!
ちょっと待て、いや、休憩に行ってこい。
そうだ、
ちょっとこいつを連れ出してやれ!
いいな!任せたぞ!」
声のでかい
叱りつけるのをやめて、
そうだ、朝あたしを助けてくれたのが、
あたしと
剛腕で知られていて、実績がありその活躍から昇進した
そして何より、部下のことをよく見ており、社内での立ち居振る舞いもだいたいは把握している。
だからこそ、男女問わず彼に相談に来る人も多く、決断早く明快だから頼られている。
「
今資料まとめてるとこだから、あと10分待っててって言って」
入社当初は
「
俺に向かって敬称も役職もつけないとはいい度胸だな!
しかも、待たせるなら、直接本人に言ってやれ!
なんで俺がお前らの連絡役などするものか!」
「
あんたが言い出したんだから10分くらい静かに待ってなさい!」
「くっ……!」
何も言い返せない
他の面々にはこんなにすんなりやり込まれることはないが、
「仕方ない。
おい、
ちょっとそこの会議室に引っ込んでいろ。
そんな顔では仕事なんて手につかんだろう。
10分待っても
「……はい……」
なんだか分からないけど、
今は大人しく言われた会議室に行って、
重い足取りのまま会議室に引きこもって、何をするでもなく、とりあえず椅子に座った。
誰もいない会議室。
いつもここに来る時は誰かが一緒にいた。
社内プレゼンやお客様への説明会などで席が埋まっていると、窮屈に感じていたのだが、今はガランとしていて静かだ。
無意識に握りしめた
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