第5話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン4
あたしはゆうちゃんのことを想う気持ちがあればこそ、ほかの子たちからチョコをもらうべきじゃないと思ったのだ。
そんなことを思ったり、考えたりするのは今回が初めてだった。
去年はゆうちゃんと一緒にルームシェアをし始めていたのだが、まだ今よりお互いにそういった仲ではなかった。
たんまりとチョコをもらって帰ったと記憶してる。
だけど今のあたしなら、好きな人(ゆうちゃん)が他の子からバレンタインチョコをデレデレと受け取る姿を想像すると、正直やるせなくなってしまう。
それは、ゆうちゃんの立場からすれば、あたしがたくさんチョコをもらうというのは、そういう感覚なんだろうなと思った。
今回は一ヶ月前から計画的にチョコを受け取らないように、本腰を入れてチョコを回避する方法を考えていた。
そもそも他の子から答えることのできない"期待"を受けるということに、早めに断りを入れた方が、お互いにとっても良いことだろうとも今更ながらに思ったのだ。
あたしへの"期待"が大きければ大きいほど、傷も深まるのだから……。
去年までは決意などもなく、できれば受け取る数が少なくなってくれた方が、ホワイトデーに返しきれないということがないから良いのにと思っていただけだった。
だから、いざ差し出されてしまったら、受け取らないと悪い気がして、結局一つも断れずに受け取っていた。
今年は言葉の裏側に強い決意もあり、何とか全てのチョコを断れている。
ただ、まさか断ると断るで、こんなにもしんどいなんて考えてもみなかった。
あたしが思っていた以上に、"期待"は膨れ上がっていたのだった。
「あんた、大丈夫?」
「
「大丈夫じゃ……無さそうね。
ちょっと出ましょう」
「……うん、ごめん」
「
行ってくるわ」
「おう!すまんな」
「1つ、貸しにしとく」
「なんでだよ?」
「文句は後」
「チッ」
「どこに行こうかしら。
何か食べたいものはある?」
「お腹すいてない……」
「そう、でも私はお腹空いたわ。
もうお昼だし」
「なんでもいい……」
「じゃあ、あそこにしましょう」
「……?」
とりあえず、目的地はどこでもよかった。
しばらく黙々と
エスニック、というかすごくパクチーの香りがする。
店内には木彫りの装飾が至る所にあって、南国の雰囲気が漂っている。
座席もテーブルも木でできていて、装飾が彫り込まれている。
「すごいとこだね」
「何にする?
おすすめはナシ・チャンプルね」
「ナシ・チャンプル?沖縄料理かなにかのお店??」
「ここ、インドネシア料理の店よ。
チャンプルは現地の言葉で混ぜるって意味らしいわ。
色んな具材を混ぜ合わせた炒め物みたいなものと、ご飯がついてるの。
ナシ、がご飯って意味だったかしら」
「インドネシア料理かぁ。
食べたことないなぁ。
店内を改めて見回すと、木彫りの人形のようなものがいたるところに飾られていた。
店内の音楽も異国感が強く、しかもリズミカルで力強い南国特有な雰囲気があった。
落ち込んでいる気持ちを少しだけ元気づけてくれた。
「ここ、
「え??」
「ふふ、イメージ的にもアイツらしいと思わない?
暑苦しいというか、無駄に元気があるところとか」
「そう言われてみると、ちょっとそんな気もしてきた、かも」
「でしょ?」
「
「ええ、しょっちゅう来てるわ。
なんせハマってるんだもの」
「ごめん、プライベートなことかもだけど、
「別に隠してないわよ?
付き合ってること」
「やっぱりそうなんだ」
「とっくにわかってると思ってたわ」
「ごめん、なんか、付き合うとか、別れるとか、あたしあんまりよくわかんなくて」
「そうなの?
そんなにモテてるのに意外ね。
今まで1人も?
男も……女も?」
「ちょっと待って、あたしのことはいいでしょ?
今は
「えぇー?
惚気なんて聞いても楽しくないでしょ?」
「そんなことないよ。
楽しいことを聞くの、好きだから、そうゆう話の方が今は聞きたいな」
「あんまり話すこともないと思うけど……」
「オフィスの休憩時間とかに話したりして
普通に仲良くなって、何人かで飲みに誘われて
それが何回も続いて、2人だけで飲むようになって
それも何回も続いて、気づいたら週3で会ってた。
別にお互いそれでも嫌じゃなかったし、その流れで普通に付き合ってるだけよ?
ほら、面白くもなんともないでしょ?」
「いいなぁ」
「そんなに羨ましがるようなことでもないでしょう?
あんたはものすごくモテてるんだし、男女問わずね。
比率は置いておいても、誰かと付き合うことくらいあったんじゃないの?」
「あたしは……付き合ったのは1回だけ、かな」
「いつ?」
「中学の時」
「早いわね。
男?女?」
「普通に男だよ。
というか、あたしは別にそうゆんじゃないから、男の人の方が、好きなんだよ?」
「え?そうなの?」
「
「いや、ごめん。
普通にそういう系の人かと思ってた。
女にすごいモテてるでしょ。
女の子を大事にしてあげてるように見えたから。
私も最初はちょっと良いなって思ってたくらいだし」
「え!?
ちょっと信じられないよ」
「あんたの声。
低くて、聞いててすごく心地良くってね。
それに、そんなに優しくされたら、ちょっと嫌いになれないじゃない?
モテたりしない女子は優しさに飢えてるものよ?
なんかあんたとなら良いかも、とか思えちゃって、正直に言うと、とろけそうになったわ」
「この声、あたしとしては数々のトラウマがあって、けっこうコンプレックスなんだけどね」
「いいじゃない。
それはあんたの武器よ。
で、その男子とはどうなったの?キスはした?」
「キス、してない」
「なんだ、してないんだ」
「付き合ったのも1週間だけ」
「1週間?
「初めて告白された男子だった。
それまでは女子からしか告られたことなくて。
別に意識してた男子ではなかったんだけど、あたしはとにかく嬉しくて、それで付き合った」
「その頃から女子にモテてたのね」
「女子から告られて断り続けてて、その頃は2桁は断ってたかも。
断ったあともその子たちとは変わらずに仲良くしてて……。
でも、初めて男子と付き合いだして、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、男ウケするメイクとかもしようとしてみたら……。
前に告られた女子たちにすぐにバレちゃって……。
それで、囲まれて……」
「囲まれたの!?やっばっ!
その時はどうしたの?」
「わからない……。
囲まれたのは、付き合い始めた男子の方で……。
次の日に呼び出されて、フラれた……」
「うゎぁ……おそろし…………」
「その時のショックが……ね?
あたしも女子たちにモテてるのは自覚してるんだけど、モテてるからといって彼女たちにどう接したらいいのかは、よくわかってなくて……。
自分も女だし、傷つけないようにとか、そんなこともあったから、下手に刺激しない方が良いって思うのもあって、普段はああいう風に振る舞ってるっていうか」
「そのあと男に告白とかされなかったの?」
「されたよ。
3人」
「3人もとか普通にすごいけど。
付き合いはしなかったのね」
「うん……また女子たちに囲まれて……フラれるのとか本当に怖くて…………相手にも悪いし……」
「いやいや、付き合ってみないとわかんないよ?
女子たちに囲まれようが、何しようが、あんたのことを好きで居続けてくれるかもしれないじゃん!」
「でも、あたしってそうまでして付き合う価値なんてないでしょ?」
「……!!!?あんた何言って!!?」
コンコンッ!
木彫りの座席が強めに叩かれる音がした。
「
「あんたに価値がなかったら、私も、告ってきた女子たちも、チョコを渡しにきた子たちも、あんたに見向きもしてないわよ」
「……!」
「
ちょっと焼けるんだから」
「
「あんたはそれほど魅力的で価値が大アリなの。
少しくらいは自覚なさい!」
「そうゆう風に考えたこと……なかったかも」
「じゃあ、私にごめんじゃなくて、感謝することね。
あんたが気づいてなかったこと、こうして教えてあげてるんだから」
「ありがとう
「素直なとこも、あんたの魅力の一つね。
ところで……"今の"本命は誰なの?
誰にチョコを渡したいの?それとももらいたい?
私からは聞いたんだから、話してくれてもいいんじゃない?
なんだったら協力するわよ?」
「……!」
口に含んだジャスミンティーを危うく吹き出しそうになった。
「なに?言えないの?
男?女?
でも、今の話からしたら男よね?」
いや、実際に探ってきている。
あたしの反応を見ながら、言葉を続ける。
「え?男じゃない?
うそ!?女なのね!?」
思わず目を泳がせてしまったところを目ざとくひろわれる。
そうだ。
この人、成績も申し分なかったからあたしより出世してるんだった。
「
視線を隠すためにジャスミンティが入っグラスを手に取り、グラスを見つめながら口を付けた。
「そうね。じゃあ、1番可能性があるのは……。
前に話してたルームメイトかしら?」
「ぼばっ!ケホッケホッ」
「ちょっと大丈夫?
ハンカチかしたげようか?」
「ケホッだ、だいじょ、ケホッケホッぶっ」
自分のハンカチを取り出して、口を抑える。
少しジャスミンティーが気管に入った。
なんとか咳き込むのを抑えて深呼吸をしたら、何とか大丈夫になった。
「ルームメイトちゃんかあ」
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