七の巻 妖術競いあいて京の夜空を騒擾せしこと その三

「な、なんや、あの○○○○どもは!?」

 高丸屋の主清兵衛が奥から店に出てきて、たまぎるような絶叫をあげた。汗をふきふき番頭が、

「はあ、どうせ金目当ての○○○霊媒師でしょうが」

「たとえ○○○でもこれではこの店の沽券にかかわる、番頭はん、なんとかしとくんなはれ」

「なんとかとおっしゃられましても、旦那様」

「ええい、裏からなかにとおして、ともかく茶でも出して、いくらか金をにぎらせなはれ」

 というわけで、ゆさたちは店の若い衆にひきずられるようにして、裏口から店の座敷へと通された。

 そして、清兵衛がしぶしぶ差し出した袱紗包みをそっとおしやり、威儀を正したゆさは、

「たいへん失礼いたしました。ああでもしないと、家に入れていただけないと考えましたので」

 そう言って、新選組の羽織の絵の描かれた自作の名刺をさしだした。その後ろでは結之介と夜十郎でなく、いつのまにか入れかわった詠次郎が神妙な面持ちでひかえている。

「新選組?よろず課?でしたら最初からそうおっしゃっていただければ」

「いえ、それでは、また壬生浪がたかりに来たのなんのと世間の評判がさがってしまいますので。新選組ではありますが、新選組にはかかわりがないとお考えになってください、高丸屋さん」

「話がのみこめませんな」

「では、直截に申します」

「はい」

「お嬢様のお身体の異変、私どもで解決して差し上げます」

「帰っとくんなはれっ」

「まあまあ高丸屋さん、そう邪険にしないでください」

「娘が奇妙なことを口走りはじめてから、有名な神社にもお寺にも相談して、加持祈祷をお願いしたのに、まったく効き目はなし。たくさんの祈祷料もおさめたのにっ。金ばかりむしりとるだけとって、手におえぬとなげだして。それを、あんたはんらのような、ど素人になにができますかいな」

「うちには、手腕すぐれた陰陽師もおります。それに、お代はいただきません。どうせタダなんですから、やるだけやらせてくださっても、そちらさまには一文の損失も出ないわけでして。ぜひ、一度私たちにお嬢様のお祓いをさせてください」

「そう言いながら、ことが済んだら、なんやかんやゆうてお代をせびるんでっしゃろ」

 その清兵衛の勘はあるていど当たっていて、ゆさは腹のなかでは、これほどの大店なんだから金は要らないと言ってもいくばくかの心づけははずんでくれるだろう、という算段が腰を据えていたが。

「そこは新選組。けっして、うそいつわりは申しません。もしなにか不手際がございましたら、会津様にでも京都所司代にでも訴え出ていただいてもかまいません」

「ううむ……、そう言われましてもなあ」

 そこへ、

「お父様、ぜひそちらの方々のご助力をお願いしてください」

 廊下から十五、六の娘が顔を出して言った。そしてゆさの後ろの詠次郎の顔をみると、あっと整った顔に驚きの色をみせた。

里緒りお、お前はさがっていなさい」

「新選組のよろず課と言えば、阿野様のお犬を探しあてた、あのうわさのかたがたではないでしょうか」

 里緒は隣の部屋ででも話を聞いていたのであろう、そう言って、清兵衛のそばに座った。

 高丸屋は、公家とも懇意にしているようだ。よろず課が阿野家の愛犬八房を探し出した一件が、うわさになって、高丸屋の耳にまで届いていたらしい。

「そう、そのよろず課でございます」

 にっと微笑んでゆさが言った。

 それでも清兵衛は、

「犬探しと憑きもの落としではわけが違いますやろ」

 そういって、眉根を寄せるのだった。

「いちどだまされたと思って、おまかせください。どうせタダなんですから」

「タダほど怖いものもありまへん」

「ねえ、お父様、ぜひとも」

「う~ん」

 うなりながらも、清兵衛はしまいにはかわいい娘の懇願に逆らえず、ゆさたちの祈祷を許すことにしたのだった。


「先日は失礼しました」

 見張りを婆やにまかせて清兵衛が立ち去ると、里緒が詠次郎に頭をさげた。

「とり憑かれている人間の勘とでも申しましょうか、あなた様ならきっとどうにかしてくださるという気がいたします」

「やれるだけのことはいたします」

 詠次郎は自信なさげに答えるのだった。

「しかし里緒さん、こう言っては失礼ですが、とり憑かれているわりにはお顔の色もよさそうですね」

 ゆさがそういって里緒の顔をのぞきこんだ。ゆさも里緒が何かにとり憑かれていることまではわかるが、その正体がわからない。

「ええ、今は大丈夫なんです。けど時々、何者かがいる気配がして、きまって微熱が出て体がだるくなってしまうんです」

「さきほどから家の中の気配をさぐっていたのですが」と詠次郎が言った。「とり憑かれているというよりは、何者かの呪詛のような雰囲気です」

「じゅそ?呪いですか?」

「はい、お心当たりはありますか」

「さて」と里緒は細い首をかしげる。

「お話を聞くと、何者かが念を送ってきたときに、体調が悪くなっているようです。私がつきっきりで、というわけにはいきませんが、このゆさをお側につけます。私はできるかぎり結界をはって、呪詛の相手をさぐってみましょう」

「よろしくお願いいたします」

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