七の巻 妖術競いあいて京の夜空を騒擾せしこと その二
「あはははは、なんだ馬鹿馬鹿しい」唖然とする一同を前に、詠次郎はひとしきり笑って、「これは失礼。どうも私は、なにかあると悪いほうに受け取られてしまうようで」
「なんでえ、なんかのわけがあるっていうのかい。だったら、つつみかくさず話しちまいな」
「まあ、そうせかさないでください、一心さん。彼女のあとをつけたのは、おっしゃるとおりわけがあってのことなんです。なんでしたら、よろず課の仕事にもなるかもしれない話なんです」
「その話とはなんですかっ」せかすなという詠次郎を無視するように、仕事と聞いて急激に気をたかぶらせたゆさがせかすように聞いた。
「じつは……」
と加茂詠次郎は語りはじめた。その内容はこうである。
今日の夕刻、詠次郎がいつも通り三条の錦市場のはしで、ひっそりと易占を開いていると、ふと台の前にひとりの娘がたちどまって、
――あなたは、なにか物の怪にとりつかれているとか、何者かに呪われているとか、そんなことも占ってくれますか?
などということを訊いてきた。
詠次郎はひと目見て、これは何か呪いがかかっている娘だ、と見抜いた。
かたわらに立つ、娘のお付きの婆やは、そんなどこの馬の骨ともわからない易者に、とか、もっと高名な神社かお寺でお祓いをしていただきましょう、などと、しきりに言い募るのへ、娘は、
――いえ、ああいうところはお金ばかり無心するばかりで、ご利益のほうは心もとない、ともかく、このかたにうかがって、結果を判断すればいいじゃないですか。
そうして、椅子に座って、詠次郎に、
――さあ、占ってください。
と静かに言うのだった。
一見したところで、表面上は何がおかしいというわけでもない。詠次郎が最初見たときに感じた異様さも、詠次郎が本職の陰陽師だから見抜けたまでで、一般人からすれば、普通と何もかわらない、なんの変哲もない娘にみえることだろう。
――なにかがおかしいという感じはするが、ではどこがどうおかしいかはうまく言えない、そんなところではないでしょうか?
と詠次郎はさらりと言い当てた。
――そう、その通りです。両親もこの婆やも、ただの気のせいだ、思い過ごしだ、と言いますが、どうもなにかに見られているような、いつも誰かがそばに立っているような、そんな気がするのです。それも、強いて例えて表現すれば、というもので、じっさいには、うまく言葉にできない奇妙さが常につきまとっているのです。
――ふむ、これは一度あなたのお家を拝見させていただかねば、なんとも判断しかねますな。
――とんでもないっ!
婆やが血相を変えて、ふところから取り出したいくばくかの銭を机上に叩きつけるように置いて、
――このような物乞い占い師を家に招くなど、とんでもないことです。お嬢様、さあもういいでしょう、帰りますよ。
お嬢様の手を引いて、むりやり連れ帰ってしまったものであった。
「それでその娘さんの家を探るために、あとをつけたのね」
「ええ、御所の近くの大店で、なかなか羽振りのよさそうな呉服屋の娘でした」
「さすがは、詠次郎さん。よく気のきくことで」
大店、羽振りがいい、仕事になる、ときて、ゆさは手のひらをひらりと返して詠次郎を褒めだした。
「まあ、あとは、ゆささんの交渉しだいだと思うのだけれども」
「ふふふ、まあ任せときゃあ、かならず
まるで千両箱を見つけたかのように、ゆさの目が光輝いている。
一同、あきれるやら仕事ができてうれしいやら、複雑な気持ちで、箸をとって食事をはじめるのだった。
呉服商「高丸屋」の前では、その日、店の前の道に人だかりができ、ゆきかう人々がなにごとかと、次々に足をとめるものだから、押すな押すなですさまじい喧騒に満ちていた。
その中心には、巫女装束に身をつつんだゆさが、手に持つ
「八百万の神たちともにきこしめせ~。ああっ、この店にはいま悪霊がとりついておる~。祓たまえ清めたまえ~。かしこみかしこみもうす~。きええっ!」
などと大声で叫び、時になにかが憑依したように店の前を行ったり来たり、ときに倒れ、ときに飛びあがり、
「とーへーまんだら、おん、へーいーそわーかー、えいっ」
などと、もう何語やら何の宗教やらわけがわからぬ。
ゆさの信奉者たる夜十郎は、ゆさのとなりで、
「おお、巫女様がこの家の行く末をあんじておられる~。店の者、だれかおらぬか~。はよう巫女様の託宣をその耳に入れぬか~」
などと、いわゆる棒読みでセリフを読むように店内に向けて呼びかけている。
そしてもはやゆさの付き人認定されかけている結之介もゆさによりそって、
「大丈夫ですか、巫女様~。このままでは~、この家からの瘴気でその身がむしばまれてしまいかねぬ~。はよう、誰か、誰かでて託宣を聞かぬか~」
などと、こちらも抑揚なくかねて用意のセリフを喋っている。
「とんなんしゃーぺー、はくはつちゅん、四方の神よ、この家のわざわいを祓たまえ~、きえええいっ!」
ゆさの奇声が通りにこだまする。
「いや、あれはあかんやろっ!」
こういう時にまっさきにゆさと同調しそうな喬吾ですら、人垣にまぎれて突っ込みを入れている。
そのとなりで、一心と詠次郎は、もうどうにでもなれという顔である。
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