五の巻 五常の侍、魔道におちいりしこと その七

 三浦の握りしめた血まみれの刀がだいだい色の光を放った。しばらくしてその光は刀から抜け出だすと、手のひらほどの丸い光球となり、それを見つめる皆の前で虚空にたゆたっている。

〈ようやってくれた。助かったぞ、柘植一心よ〉

「いや、礼にはおよばん。それよりもお前はいろいろと訳知りのようだ。知っていることを、すべて聞かせてもらいたい」

〈まあ、あせるな。その前に、頼みがある〉

「俺にできることなら」

〈おぬしにしかできぬことじゃ。ワシをおぬしのその十手に宿らせてもらいたい〉

「十手に……」

 一心はとまどい顔で、ゆさを見た。

 ゆさは一心の目を強い視線で見返しながらこくりとうなずいて、

「そのミタマからは邪悪な霊気は感じられません。ミタマに惑わされて、この人が凶行におよんでいたわけではなさそうです。ひとまず宿らせてもかまわないのではないでしょうか」

〈すまぬな、空見の巫女よ〉

 ミタマはそう言うと、ふわりとただよって、一心の手にもつ十手のなかへと入っていく。十手が橙色に淡く輝く。

〈ワシの名はイワミタマ。ニギミタマ(和魂)の眷属よ。イワコ(岩固)と呼んでくれ〉

 一心はイワコにうなずくと、結之介と夜十郎(いつの間にか変身を解いている)に向かって、

「三浦の遺体を詰め所まで運んでおいてくれ。俺は、三浦の娘のところにいかねばならん」

〈それも、あせらずともよいぞ〉

「どういうことだ?」

〈うむ、行けばわかるだろうよ〉とイワコは曖昧な返事をした。なにかを言いよどんでいるふうだった。

「ゆさ、すまんが一緒にきてくれ」

 父親の死を娘に告げなくてはならない。ことがことだけに、女子おなごのほうが、配慮がいきとどくだろう。

「イワコ、道々、三浦がこうなったいきさつを聞かせてくれ」

〈おぬしはせっかちなたちじゃな。それは、娘のもとに行ってから話そう。そのほうがおぬしも理解しやすかろう〉

 一心は怪訝な顔をしたが、ともかくも三浦の長屋へとゆさとともに急ぎ足で向かった。


 三浦の娘のおみのはもう休んでいるのか、部屋は行灯の明かりすらなく、真っ暗闇であった。

 戸口で声をかけたが返事もなく、明日出直そうかと一心は考え直しかけたが、

〈かまわんでよい〉

 イワコがそう言って、

〈気兼ねせずに入るがいい〉

 とふたりをいざなった。

 建てつけの悪い戸を、気を使いながらそっと開けて、土間に立ってまた声をかけたがやはり返事がない。

 いや、人がいる気配すらないのであった。

 途中番屋でかりた提灯の明かりをたよりに、一心とゆさはちょっと顔を見合わせてからあがりこんだ。部屋のまんなかに夜具が敷かれてあるのがわかった。

 それに一心が提灯を近づける。

 一心が瞠目し、ゆさが息を飲んだ。

「これは……」一心のつぶやいた声が喉につまった。

〈おみのじゃ〉

 夜具のなかには、少女のミイラが寝かされていた。

「どういうことなの?」ゆさが沈んだ声で聞いた。

〈うむ、見てのとおり、おみのはすでに息絶えておる。亡くなって、もう二年ほどにもなるだろう。しかし、新左衛門はその事実を受け入れなかった。まだ生き続けていると信じて、人斬りを重ねていった」

「だが俺は、おみのという娘にの声を聞いたぞ、たしかにこの耳で」

「人を斬って集めた霊力はこのミイラに宿り、娘があたかもまだ生きているようにみせかけた。新左衛門だけでなく、周囲の者達にもその存在を信じ込ませるほどに〉

「それほどの霊力を集めたなんて……、いったいどれだけの人を殺めたというの」

「あわれな……、いや愚かだ。そんなことのために、人の命を奪うなど」

 一心はがりがりと音がなるほど奥歯をかみしめ、暗い天井をにらんだ。あの三浦が……、倫理と自制の塊のようにみえた、あの三浦が――。

 ゆさも、ふかく溜め息をついて、

「もうひとつ、あの呪符のことを教えてちょうだい」

 とイワコに話をうながした。

〈うむ。ワシは、もとより新左衛門の持つ刀に宿っておった。とある男がそれに目を付け、ワシを呪符で封印し、霊力を邪悪にゆがめて新左衛門を人斬りに変貌させた。まだおみのが生きて病と闘っておったころのことじゃ。新左衛門は娘を助けたい一念が異常なほど強かったうえに、主家が取り潰され公儀(江戸幕府)をうらんでおったからの。利用しやすかったのじゃろう〉

「誰だ、そんな無道な行いをするヤツは?」

那須なす、と名乗っておった〉

「那須……」ゆさがその名を噛みしめるようにつぶやいた。

「その男が、三浦を使嗾しそうしていたのか」

〈江戸で人斬りをさせ、ある時期から京に呼び寄せて犯行を続けさせた〉

「なぜ京に呼び寄せたのかしら」

〈それはワシにもわからん〉

「三浦とはさほど深い交流があったわけではないが、仁義礼節に厚い男であったのはわかった。そんな男を狂気の道に誘い込むなど……」

 その後はもう言葉にならなかった。一心はただ、手のひらに血がにじむほど、その手を握りしめた。

〈仁義礼節に厚く、生真面目な男じゃったからな。そういう男ほど、ころぶときは簡単にころぶものかもしれぬの〉


 翌日、詰め所で三浦新左衛門とおみのの簡単な葬式がおこなわれ、亡骸なきがらは無縁仏として葬られた。

 新選組本隊には、三浦も辻斬りの被害者であると報告してあった。




(五の巻終わり)

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