三の巻 怨讐は海を渡りてきたること その九
「まったくなに考えとるの!」
ことの顛末を聞いたゆさが、喬吾をなじるのだった。
「せっかくつかみかけた手がかりをワヤにしてまって、いったいどうするつもりっ?」
「ワヤ言われても……。地蔵さんはこればっかりやないやろ。他にもさがしたらええやん」
「そうかんたんにお地蔵さんがほいほいおるわけあれせんがね」
「いや、そこにおるで」
喬吾が指さしたのは、十字路のすじむこうで。
「う……、意外と近場にあったわね」
一心がさっと走っていって、祠のなかを確かめた。
「確かに地蔵の頭に札が貼られておるな」
みんながどっと走っていって祠をのぞきこむ。
「あ、さっきのと同じ札ですよ」
「いったいどういうわけだろう、まったく僕の領分外だ」
「陰陽師の意見を言わせていただくと、この札は、魔物を封印しておく札です。それを地蔵に貼るということは……」
「魔物の力で地蔵の力を押さえているのだろうか」
「おそらくそれが正解だと思います、柘植さん」
「うむう、確かに喬吾さんの言う通りだったわね」
「ほらな、ゆさちゃん。ひょっとするとこの辺いったいの地蔵さんに貼られとるんちゃうか」
「けど誰がこんな札を貼ったんでしょうね」
「その謎解きはあとにしよう、結之介」と一心が、「それよりも、この辺り一帯の地蔵をさがして、おなじような札が貼られているか調べてみよう」
「そうね、じゃあ、みんなわかれて探して、みつけたらここに戻って私に報告してちょうだい。私はこの地蔵の札をもうちょっと見分してみます」
「ゆさちゃん、ひとりだと不安じゃないかな、僕がそばについていてあげようか?」
「大丈夫よ、夜十郎さんも探しに行って」
「ほんまかいな。さっきの平安幽霊が出てくるかもしれへんで」
「だだだ、大丈夫よ、幽霊くらい平気なんだから。今日はこの弓矢もあるし」
ゆさが背中に手をまわして叩いたのは、以前結之介が見たあの弓矢であった。
「その弓矢にも、ミタマが宿っているの?」
結之介がたずねるのに、
「私のは、ミタマとはちょっと違うの。まあ、話が長くなるから、おいおい教えてあげるわ。じゃあ、皆さんお願いします」
みないっせいにうなずいて、辻の四方へと散っていった。
そうして四半刻(三十分)もするとみなぽつりぽつり帰ってきた。
地蔵はあっても札が貼られていないものもあって、貼られたものだけを、地面に棒で地図をかいてしめしていった。
札の貼られた地蔵はだいたい一町(百メートル)くらいの間隔で、そうしてその位置を眺めていると、
「六角形かしら」とゆさが気づいた。
「六角形というより、六芒星だと思います」と詠次郎が棒で地蔵を線でつないでみせた。六つの頂点をもつ星の形ができあがる。「六芒星ということは、真ん中のあたりにあるなにかを封印していると考えてよさそうですね」
「これの中心というと、幽霊長屋のちょっと西ね、ともかく行ってみましょう」
ゆさにうながされて、みなぞろぞろとその方へと歩いて行った。
幽霊長屋を通り過ぎ、長屋を数間さらに過ぎ、すると、長屋と商家の間に木立につつまれた空間があるようだが、こちらからでは、塀もあってなにがあるのか見当がつかない。
しかたがないので、道をくるりと回って北側からそれを見ると、
「地蔵堂だな」
一心のつぶやきに、同時にみながあいづちを打った。
五十坪ほどの土地が木々に囲まれていて、そのなかに、二間(三メートル半)四方ほどの、古びた地蔵堂が建っている。
格子戸からのぞくと、なかに祀られていたのは、道端にいるお地蔵さんではなく、
「地蔵菩薩の仏像のようね。菩薩さまも仏像というのかしら」
それは、人の背丈ほどもある木造の地蔵菩薩像であった。
「まあ、菩薩像も含めて広い意味で仏像というんじゃないかな」結之介が言うのへ、
「そんなこと今はどうでもいいわ」
「いや、お前が迷っていたんだろう。だから俺の意見を言ったまでじゃないか」
「それよりも、これにも妙な札が貼られていないか確かめましょう」
言われるまでもなくすでに一心が堂のまわりを一周してきて、
「堂にはこれといって不審なものはないな」
「なかの菩薩像にも異常はなさそうだね」清十郎が目を細めて堂をのぞき込んでいる。
「ここには、もともと結界が張られていたようですね」と詠次郎が話はじめた。「誰かが意図して張ったというよりも、この地蔵菩薩様を付近の住民が大切にすることで、自然に生まれた結界と言っていいでしょう。その結界が、悪意を持った者を寄せ付けないようです。そこで、何者かが周囲の道端に端座する地蔵の霊力を封印し、悪の霊気で結界を造り、この地蔵をその結界のうちに閉じ込め、鎮護能力を封じている、と私は考えます」
と無口な陰陽師が妙に饒舌に語るのだった。
「じゃあ、この周囲の地蔵に貼られている呪符をはがしていけば、この地蔵菩薩様の霊力も復活して、お化けも出てこなくなる、というわけね」
「そう考えます、ゆささん」
「それをしているのは何者か、なぜそんなことをするのか、というのは後回しにして、まずは、この地蔵菩薩様を開放しましょう。幽霊にうろうろされていては、落ち着いて敵の意図を考察することもできないわ」
「呪符をはがせば、また化け物が飛びだしてくる恐れがあります。手間がかかりますが、皆さんひとかたまりになって、ひとつひとつ処理していくべきかと思います」
「さすがは詠次郎さん、よろず課顧問役だわ」
「顧問役……?」
「じゃあ、お札はがし作戦開始よ!」
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