三の巻 怨讐は海を渡りてきたること その六

「私は、尾張犬山の神社の娘で、ゆさ、と申します。ここに並んでいるその他の仲間たちの紹介はおいおい」

 詰め所の座敷まで水島を連れて来、せんべいのような座布団に座らせて、結之介にいれさせた茶を間にはさんで、ゆさと水島が向かいあって座って、男たちは部屋のすみでことのなりゆきを(面白半分で)見守っていた。

水島夜十郎みずしま やじゅうろうともうします」そう自称男は丁寧に頭をさげて、自己紹介をした。

 結之介は、その居住まいにちょっと見とれてしまうような心持ちだった。

 こうして近くでみると、彼女はなかなかの美貌で、白皙でタマゴのようなすっきりとした顔に大きくてとがった目を持っていて、ツンと尖った鼻と薄い唇もけっして冷淡には見えずそればかりか美しさを底上げしているようであった。そして彼女は大刀は持っておらず、脇差と一本の木刀を持っていて、自分に寄り添わせるように右わきに置いている。

 えへん、とゆさはわざとらしく咳ばらいをひとつ。

「では、さっそく。なぜ男装なぞしているのか教えてください」

「男装……、とはなんのことだ?僕は男だ!」

「これはすさまじく白々しい」

 ゆさはちょっと考えるそぶりをして、続けた。

「では、狛笛童子、なぜ変身なぞするのです」

「狛笛童子?聞いたこともないなあ」

「まだしらばっくれとるぞ」部屋の隅で喬吾がたまらず、小さくなじった。

「僕は知らない。誰だその美少年は」しれっとした顔で水島がとぼける。

「自分で美少年いうとるがな」

「これはそうとう面の皮のぶ厚い女だぞ」一心も呆れ顔である。

「一筋縄でいきそうにありませんね」結之介もため息まじりに言った。

「水島さん」とゆさが続けて「別にとって食おうというわけではありません。私たちはあなたとの間にある垣根をとりはらって、仲良くなりたいだけなんです」

 水島は腕をくんで目を閉じて、眉間にしわを寄せるようにしてじっと考え込んでいる。

「水島さん、私たちは、あたたの持っている力と同じような力をみな持っています。ですから、ムキになって隠さなくってもいいんですよ」

「力、と言われてもねえ」

 今度はとぼけているというよりも、僕の持っている力とはなにか、ずばり言い当ててみろ、と挑戦するような口ぶりだった。

「では、その木刀に宿っているミタマはなんですか」

 そのゆさの問いに、水島は、おお、とちょっと驚愕した顔をした。

「やはり、君たちにはこれの存在がわかるのか」

 わかるもなにも、あれだけ人前でミタマパワーをみせびらかせば、わからぬほうがどうかしている。

 そうして彼女は、しばらく天井を見上げてなにか考えをめぐらしている。

「うん、ちょっと席をはずすよ。友達と相談したい」

 友達とは木刀に宿っているミタマのことに違いないが、ゆさの返事も待たずに水島は席を立って庭へとおりていった。

「ありゃなんや、わざとすっとぼけとるんかいな」

「いや、必死に何かを隠そうとしていると俺はみているがな」

「私はなにか、憐れな気がしますよ。ちょっといじめてるような気になってしまいます」

「まあ、多少強めに出ても大丈夫だと思うわ。ただ、あまり責めすぎておヘソを曲げられたら、計画が台無しになってしまうわ」

「計画て、なんや」

「あの人をこっちに引き込む計画に決まっとるがね」

「あのう」と話の隙間を縫うように詠次郎が、「私はここにいてもいいんでしょうか。なんでしたら先に幽霊長屋に行っていますが」

「なに言っとりゃあすの。あんたももう仲間だっていっとるでしょお。ここにおりゃあいいがね」

「なんだろう」と詠次郎は不安げな顔をして、小声で結之介に向かって言った。「この人が尾張弁をつかうと、なにか嫌ぁな予感におそわれるのですが。気のせいでしょうか」

「うん、けっして気のせいではないですよ」

 そのゆさはお茶をすすりながら庭のはしに立つ水島の、ひとりでぶつぶつと何か話している、きりっとした後ろ姿を見つめている。彼女の声は時々興奮するように高くなったり、人に言い聞かせるように低くなったりをしながら、問答を続けている。はたから見るとそうとうアヤシイ人なのだが。

 そうしてしばらくして、相談がおわったのだろう、さっと軽快な足取りで戻ってきて、縁側の向こうから、

「友達と話しがおわりました。とりあえずここはおひらきにして、また後日あらためて、ということにしましょう」

 そうゆうわけには、とゆさがとめようとするのと同時に、

〈まてまてまて、話がちがうだろっ〉

 少年のような声が、水島が右手にさげた木刀から聞こえてきた。

「君は黙っててよ、ハヤテ」

 と水島が制するのを無視してミタマは、

〈ゴメンねみんな。この子とにかく意固地でね、言い出すときかないんだ。ボクとしては、身の上をすべて包み隠さず話して、みんなに助力をあおぐべきだって言ってるのにさ〉

「いや、意固地になってるんじゃない。今はまだ時節が尚早だから、もうちょっと後まわしにしようと言ってるんだ」

〈恥ずかしいの?〉

「誰が恥ずかしいものか」

〈恥ずかしくないなら、みんなに話せばいいじゃない〉

「うう」

 ここは、彼女のミタマにまかせたほうがよさそうだ、とゆさはなりゆきを見ている。

 やがて、意を決したように、水島が吐息をひとつもらして、しぶしぶといった様子であがってきてもとの席につくと、ゆっくりと茶を飲んだ。

 そうして心を落ち着けてから、話はじめた。

「僕の本当の名前は洪貴烈ホン グィヨル。朝鮮からやってきた」

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