三の巻 怨讐は海を渡りてきたること その三

 そうして、ともかく、おののくゆさを人相見の女にあずけて男たちで周辺を歩き調べまわったが、かんばしい発見は得られず、さて、じゃあどうしようかとなった。

 ほうっておいても害のない幽霊のようではあるが、住人達は迷惑している様子だし、ここで事件を解決すれば、それこそ新選組の評判は良い方向へと昇っていくであろう。

 そうこうしているうちに、陽は傾きだし、西日で陰った長屋の路地で、

「とにかく、いったん帰りましょう」

 うろたえること追い詰められた兎のごとく、ゆさが言うのに、みなはうなずいた。


 詰め所へと家路をせかせかと急ぐ――のは、ゆさひとりで、他のメンバーはつるべ落としに落ちていく陽のなかで悠然と堀川通を南へと歩いていった。

「そもそも」と結之介が話はじめた。「どうして突然幽霊があらわれたのでしょう」

「そう、最初っからそこが引っかかっていました」と詠次郎が答えた。

「つまりはその原因を探るのが一番てっとりばやいのではないでしょうか」

「それはそうだが」結之介の提案を受けて一心が考えながらという調子で、「原因を探るには結果からたぐっていかなくてはいけないのだが、結果たる幽霊をつかまえて尋問するわけにもいかないしな」

「陰陽師はんは、幽霊とお話したりできるんちゃうの?」喬吾が聞く。

「いえ、私は見えるのが精いっぱいでして、会話などはとてもとても」

「ゆさちゃんなら話せるやろ?」

「たわけたこと言わんといて。たとえできたとしても、誰が」

「やっぱお化け、怖いんちゃうん?」

「誰も怖いなんていっとれせんがね」

「私があそこに行くのは」と詠次郎が苦笑しつつ話をかえた。「今日で二度目なのですが、先日行った時よりも、確実に、なにか雰囲気のようなものが違っていました」

「というと?」一心が聞き返した。

「う~ん、うまく言えないのですが、例えば、同じ家でも住む人が変わると空気感みたいなものが変わりますよね」

「まるで別の家みたいになるな」

「そうです。それと同じように、あのあたり一帯の空気感が数日で変わっているのです」

「幽霊が原因でかな」

「または、変化したもののせいで幽霊があらわれているのか」

「あそこが昔平安京の大内裏だったことが関係しているのかな」

「さて、どうでしょうか」と詠次郎は黙考しはじめてしまった。

〈あの〉

 とふいに女性がどこかから話しかけてきた。

〈あの、ひとついいでしょうか〉

 と声のでどころをたどれば、喬吾のふところである。

 喬吾が手をつっこんで取り出した銃が青白くほんのりと光をおびている。

「なんやサクミちゃん」

 サクミと名付けられた銃に宿ったサクミタマが話しかけていたのだった。

「おや、あなたのにもやはりミタマが」

「あなたのにも?」と問う結之介に、

「ええ」と詠次郎は帯にたばさんだ檜の扇をとりだして「わたしのこれにも宿っているんです」

 詠次郎は、同志を見つけたとでもいうように、ほほ笑んでいる。

「ええ、そうなんですか!?私のこの棒にも宿っているんですよ。あのゆさというのに、無理矢理押し付けられて、うるさいのなんの」

〈黙って聞いてればなんでい、誰がうるさいって?〉結之介の棒に宿るタケミタマが不快げに言うのへ、

「ずっと黙ってろよ、勝手に話にはいってくるな、おまえ」結之介がたしなめる。

「ははは、わたしのはほとんど喋らないから、楽なものですよ。たまに愚痴を聞いてもらったりするくらいです」

〈あのう……、私の話を聞いていただけませんでしょうか……〉

「はい、すみません、サクミさん」結之介は襟を掻き合わせて、耳をかたむけた。

〈私の宿っていたあの桜が枯れたことと、なにか因果はないでしょうか〉

「けどサクミちゃん、あそこから今日の長屋まではずいぶん距離が離れとるやろ」

〈ええ、ですから、直接の関係はないと思うのですが〉

「あの桜は、あのあたり一帯を鎮護するほどの、強い霊気を持っていた木だったわ」やっとゆさが会話に入ってきた。

〈あの木が枯れたことによって、あのあたり一帯の――みなさまの言葉を借りれば、空気感が変わっているはずです〉その桜から生まれたサクミにとっては、どこかやりきれないものがあるのだろう、声が震えているようだ。

「つまり」と一心が話をついで、「桜とは関係はないが、長屋一帯を鎮護していた何かが壊れたかして、霊があらわれ出した、と」

 一心は、いっしょに生活しているうちに、だんだんミタマの声が聞こえるようになってきたようだ。

〈はい、そのように推察しています〉

「ほしたら、今回の活動方針は決まりね」とゆさがまとめ出した。「その壊れたなにかを探しだしましょう。丹念に周辺の人たちに聞き込んでみれば、きっとみつかるはずよ」

 方針がまとまったことで、なにかひとつ胸のつかえがとれたように、ゆさは、いつもの調子で話し出した。

「じゃあ、詠次郎さん、今日は詰め所に泊まっていって」

「え、なぜでしょう」

「また明日待ち合わせるのも面倒だし、だいいち……」

 口をつぐんだゆさの口の端が、なにか思惑ありげににっとゆがんだ。

 と、その刹那であった。

 黒い影が、薄暗くなった辻のかどから飛び出した。

 さっと喬吾なゆさをひっぱって後ろにかばい、一心が踊り出て帯の十手を抜いて、黒い影の刃風をかいくぐって肉薄した。

 刀と十手がぶつかり合う、カン高い金属音が周囲の響いた。

 一心は十手のかぎに刀をからめたまま、ぎりぎりと敵の腕を押し下げていく。

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