三の巻 怨讐は海を渡りてきたること
三の巻 怨讐は海を渡りてきたること その一
今日も今日とて、新選組特殊任務部よろず課の面々は、壬生寺裏にある詰め所周辺の掃除にいそしんでいた。
よろず課が発足してからもう半月以上もたつが、依頼らしい依頼はまるで来ず、
だんだんと深まる秋の風に身をさらしながら、
「あのう」
ふと、結之介に声をかけるものがあった。
「新選組よろず課、というのはこちらでよろしいのでしょうか」
結之介が振り向くと、そこには、
「おや、あなたはこないだの……」
なんとゆう名前だっただろうか、桜の木伐採事件の折に意見を聞きにいった陰陽師がそこにたっていた。
痩せぎすの体に、鶯色の着流しを着て、茶色の地味な羽織をはおって、面長で頬のこけた顔の細い眼をわずかにほほ笑ませて、こちらを見ていた。
「はい、加茂といいます」
「えっと、ご用件はどんなでしょう」
「じつは、こちらでは、いかなささいなことでも相談に乗ってくださるそうで」
「おお」と結之介は思わず感嘆の声をあげてしまった。「なんと、お客様でしたか。そうですか。こちらへどうぞ、ささ、こちらへ」
やっと現れた依頼人に奇妙なほど慇懃に、結之介は案内をした。
玄関からあがって、居間兼客間へ通し、縫い目のほつれた座布団を出して座ってもらい、結之介は茶をいれがてら、裏口の前で薪を割っていた
結之介が茶をはこんで客に勧めると、一心と喬吾が、「これはどうもいらっしゃい」とか「うちに依頼にくるとは奇特なもんやな」などと口々に言いながら部屋に入ってきた。
「しかしまた、よくうちのことをご存じでしたな」
と一心が問うた。以前会ったときはそれほどアピールしていないはずだった。
加茂という、歳は十八、九ほどの若く気の弱そうな陰陽師は、三人を前に落ち着かなげに目をキョロキョロさせていて、心なしか湯呑みを持つ手が小刻みに震えているようだ。
「ええ、実は」と加茂はふところから折りたたまれた紙をとりだして、「以前、こちらの娘さんが帰られたあとに、これが置かれているのに気がつきまして」
一心がその紙を取り上げて開いてみると、
――なんでもします、すぐします。お悩み、困りごと、なんでもご相談ください。全力で解決いたします。新選組特殊任務部よろず課。
の文句のわきにヘタな絵で新選組のだんだら羽織の絵がかかれていた。
ゆさ手書きの広告チラシであった。
「じみに、宣伝活動しておるのう」
一心が感心したように、あきれたように言うのに、結之介と喬吾がこくりとうなずいた。
「そのゆさはどうした、結之介」
「さあ、朝出てったっきりですからね。どうせ仕事を探しにいったんでしょうが」
「ゆさちゃんが帰らんうちに、話を聞いといたほうがいいんとちゃう」
「それもそうだな、あれがいると、話がまとまるまえに、話をひっかきまわされそうだ」
ところへ庭に人影が差して、
「誰がひっかきまわすんですか」
ゆさが立ってこちらを覗いている。
「お前、そうやって登場するのが好きなのな」結之介があきれて言った。
それには答えずに、ゆさはあわただしく縁側からあがってきて、
「あら、これはこないだの加茂さん。いらっしゃいませ。今日はまたなんで。え、ご依頼ですか、まあなんということでしょう。うちもずいぶん
ひたすら喋りながら部屋に入ってきて座った。
「ええ、実は」加茂が話しかけるのへ、
「ああ、そうだ、自己紹介がまだでしたね」ゆさがひっかきまわし始めた。
そうして四人が名をなのると、
「私は、
声量も小さいので、結之介たちは聞き耳をたてるようにして聞いている。
「加茂と言うと」ゆさが聞いた。「陰陽師の家系になられるのでしょうか?」
「ええ、一応はそうなのですが、私の家系は加茂を名乗ってはいるのですが、はるか昔にあの加茂家から分家しました傍系となります。あちらのほうが本家筋になるわけですが、残念ながらいつか家系が途絶えてしまいました。ですので加茂の生き残りではありますが、庶流の庶流で、あまり自慢にもならないわけでして」
ちなみに、彼の言う本家の加茂家というのは、有名な陰陽師安倍晴明の師匠の家柄で、加茂安倍の両家で長年にわたり宮廷陰陽道を独占してきた。今は加茂家(
「まあ、一応、陰陽道を知っている、というくらいのものとお考えください」
「なるほど、私の目にくるいはなかったようですね」
「くるい?」
「それで、ご用のおもむきは」
「じつは……、でるのです」
「なにが?」
「幽霊が」
「ゆうれい……」
オウム返しにつぶやいたゆさの顔になにか暗い影がさしたようだ。
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