二の巻 秋に咲く桜に精霊の宿ること その八

「どうやあ」桜の木の下で、興奮の極みに達したような声で桔梗屋が叫ぶ。「那須様より私にくだされたこの鬼人ノ術は、鉄砲の弾すらまったく役にたたぬ。さあ潰せ、お前たち、そのガキどもを粉微塵にひねり潰してしまえっ!」

「まったく、下品」唾を吐くようにゆさが言った。「人の尊厳を無視して化け物に変え、それを誇らしげにひけらかすなんて」

「自慢高慢バカのうち、ってな」と精一杯侮蔑してみたものの、喬吾の顔はすっかりひきつっている。

 そうしている間にも、三人の鬼人化した男たちは、喬吾たちに迫ってくる。

 喬吾はふたたび先頭の男の頭に照準をあわせた。

 喬吾のもつ銃は、レミントン・ニューモデルアーミーという銃で、彼の身に危険が迫っている最中なのでくだくだしい説明ははぶくが、長い銃身の下に備わった鋭角三角形のローディングレバー機構が目を引く回転式拳銃リボルバーである。

 わずかに震える手で、慎重に狙いをさだめ、喬吾は引き金を引いた。

 爆音とともに打ち出された弾はしかし、やはり厚い筋肉の壁に埋まり、勢いのなくなった弾は、乾いた音をたてて地面に転がり落ちた。

 彼は大小の刀を腰に差してはいるが、じつはまるっきり剣術は使えない。上方舞かみがたまいの流派の家に生まれ育ったので、(名字帯刀をゆるされた家柄とはいえ)刀などはいっさい握らせてもらえなかった。彼の家は庶流であり、どれほどの実力があっても本家の下におかれる流派の構造にくだらなさを感じ、家を飛び出し、諸国を放浪したあげくに、今この場所に立っている。

 つまるところ、唯一の武器である拳銃が無力化された以上、

 ――どうする、どうする。

 あとは闇雲に体ごとぶつかっていくか、逃げ出すかの二択しかない。(さっき刀を抜かなかったのも、真実はこういう事情)

 冷や汗が流れ、傷に流れ込み、しみた痛みに顔をゆがめたその時であった。

〈落ち着きなさい〉

 どこかから女の声が聞こえてきた。

 ゆさの声ではなかった。ゆさもその声を聞き、あたりをみまわし、その声のもとを探している。

〈案ずることはありません〉

 もう一度聞こえた声のするほうを、喬吾はちらりと見た。

「爺さん?」

 その女の声は、清六の体から聞こえてきた気がする。

〈心を強く持ちなさい、勇者よ〉

 清六の体がほのかに輝いたかと思うと、その光が清六から抜け出て、こぶしほどの塊に収縮していった。

 その火の玉のような青白い光に、喬吾は言葉を失った。

〈よく、この者を守ってくれました。私はサクミタマ(咲魂)。草木に宿り花を咲かせるミタマ〉

「それがどうして清六さんに」と聞いたのはゆさであった。

〈私はあの桜に宿ったミタマでした。ですが、この者の桜を愛する心に惹かれ、いつか彼に移り彼を守護し、彼の信念に応じて霊力を使い、桜を守っていたのです〉

 陰陽師の加茂が祈祷しても何も祓えなかったわけであった。祓わなくてはならない霊(霊魂)はすでにそこから離れていたのである。

〈さあ〉とサクミタマは喬吾に向かって言った。〈力をかしましょう。あなたの正しい想いのために〉

 サクミタマは、すっと動くと、喬吾の銃に消えていった。

 黒鉄の銃が青く光り輝く。

〈引き金を引きなさい。あの忌まわしい札を狙って〉

 うながされた喬吾は、ほとんど無心のうちに引き金を引いた。

 放たれた弾丸は火薬の炸裂音とは違う、低い地響きのような音を発し、銃口で光がはじけ、まるで現代で言うレーザービームのような閃光が、尾をひいて走った。

 その光は向かってくる鬼人化した男のひとりに命中した。

 光が男をつつみ、呪符は粉々に引き裂かれ、雷にうたれたように全身をひきつらせ、絶叫をあげながら、男は気を失った。そして倒れ伏したその男は、しだいにもとの人間の姿にもどっていった。

 喬吾とゆさは、唖然茫然。口をだらしなく、あんぐりと開けて、その光景を見つめた。

〈なのをしているのです、はやく次を撃ちなさい〉

 サクミタマに命じられ、

「わかってらあ!」

 喬吾は続けざまに二発の弾丸を発射した。

 二本の光がふたりの鬼人の胸に命中し、倒れ、浄化される。

〈さあ、残りのもやっつけてしまいなさい〉

 向こうで、結之介と一心が防戦一方の戦いを続けているのに手を貸せということだろう。

「いや、そう言われても」

〈なんです〉

「弾切れだ」

〈まったく、銃などという無粋な武器を使うからそうなるのです〉

「お前、けっこう口うるさいのな」

 そう言って、喬吾はふところから弾丸と火薬の入った袋をとりだした。

 ニューモデルアーミーは六連式であるが、携帯時に弾倉の回転を防ぐためにハンマーを引っ掛けておかねばならず、一発はカラにしてあった。ので、装填してあった五発全部をもう撃ち尽くしてしまったわけである。

 しかも、この銃は薬莢式弾丸ではなく、火薬と弾を別々に弾倉に仕込まねばならないから、弾込めには非常に手間と時間がかかるのであった。

〈ああ、もう、いいかげんになさい〉

 サクミタマ、やさしい声音でイライラしている。

〈火薬などという下品なものは入れる必要ありません。とりあえず弾だけ込めなさい〉

「いや、そう言われても」

〈はやくっ!〉

「はい」

 喬吾は母親に叱られる子供のごとく、諾々と弾を込めはじめた。

 三人の鬼人に追い詰められているふたりを横目でみながら、弾を込め、込め終わるとさっと銃口を敵に向ける。

「お前ら、伏せえ!」喬吾は結之介と一心に向けて叫んだ。

 聞いてふたりは、反射的に身をかがめた。

 かがめたとたんに、三発の弾丸が発射された。

 後背からの攻撃であったが、鬼人は三人とも浄化されて気を失った。

「いやもうコレ、火薬だけじゃなくて弾もいらないんちゃう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る