二の巻 秋に咲く桜に精霊の宿ること その七

 結之介は手に持った五尺半の棒をくるくると回転させながら、男衆を薙ぎ倒していく。

 一心の両手に持つのは、十手じってであった。全長二尺(六十センチ)ほどで、柄にあたる部分の上には、よくある片鉤かたかぎの十手と違い棒の両側から鉤が伸びている。それを二本両手に持ち、順手逆手と器用に持ちかえながら、敵の攻撃を防御したり、急所に当てたりしながら立ちまわっている。

 喬吾は戦いの邪魔にならないように場所を移動しようと体をひねった。

 とたん、全身を激痛が駆け抜けた。

 そこへ、ゆさが走ってきて、清六老人の無事を確かめると、次に喬吾を見、手を振っている。

 喬吾は苦痛に耐えながらなんとか立ちあがり、

「俺は大丈夫や、ゆさちゃん」

「誰もあんたの心配なんかしとれせんわ。清六さんを安全な場所に移すから、手伝って言っとるの」

「あんた、それでも人の子か~い!?」

 傷口をさらに広げるようなゆさの冷酷な言葉を、力なくとがめながら、清六を背なかから抱えて引きずって、道の脇の草地まで運んで寝かせた。

 結之介たちは桔梗屋の店を見張っていたものの、桔梗屋たちが出かけるのにまったく気がつかなった。うまくしてやられた、というわけであった。どうも様子がおかしいと気がついて、桔梗屋と男衆が店から出払っていることを確認し、彼らは桜の木に向かっただろうと推測し、こちらに走ってくる途中、ふたりを迎えにきたゆさとばったり行き会ったものだった。

 ゆさは座って清六の頭を膝の上にのせて、血を拭いたり、手ぬぐいを裂いて傷に巻いたりした。そうしながら、

「なんで、刀抜かんかったの」

 横にぐったりと座り込んだ喬吾に話かけた。

「刀で人を傷つけたら、またゆさちゃんに嫌われる気がしてね」

「たわけ。格好つけとる場合と違うでしょう」

「命をかけて格好をつけるのが、俺の信条やねん」

「たわけ」

「ああ、もうつらい、苦しい、膝枕して」

「くそたわけ」

 ゆさにもたれかかってくる喬吾の頬を、ゆさの白い手が打った。

 そのとき、

「なんだこれは!?」

 驚愕の叫び声が乱闘のなかから起こった。一心の声であった。

 ふたりが振り向くと、そこに、男衆の数人が異様な霊気を体中から発するのが見えた。六人のその男たちは、筋肉がはじけるように盛り上がり、すぐに体がひとまわりほども大きくなった。変身したのは体つきだけではなく、肌色も赤黒く変化し、目も赤く光輝いている。

 桔梗屋が笑った。

「ええぞ、ええぞぉ。これが那須様にさずけられた呪符の力や。ははは、ええぞ、みな、その邪魔者どもをひねりつぶしてまえっ!」

 男たちのあらわになった胸には、手のひらほどの大きさの札が張られている。

 結之介と一心のふたりは、後ろにさがって、大きく距離をとった。

 驚いているのは結之介たちばかりではなく、男衆の、札を貼られていないものたちも同様だった。何人かは驚きその場から離れ、なかにはそうそうに逃げ、姿を消すものもいた。

 棒をかまえる結之介に、その棒が叱咤した。

〈恐れるんじゃねえ、結公っ。オレがついてるんだ、度胸を出して突っ込みやがれっ!〉

「タケル」

 と言うのは、棒に封じられたタケミタマに結之介がつけた愛称であった。

「タケル、ちょっと黙っててくれないかな」

〈だまってられるかてんだ、この唐変木っ〉

「おい、結之介」と今度は一心が不審そうな顔で、「前から気になっていたけど、お前、誰と話てるんだ。時々ひとりでぶつぶつと」

「あ、あはは、その、それはおいおいお話しますので」

 タケルの声は、一心には聞こえていないようだ。

〈無駄話してんじゃねえ、敵がどんどん迫ってるぞ〉

 タケルに言われて振り向くと、たしかに、巨人化した敵はもう目の前だ。

 結之介は思い切って飛びだすと、棒を振るった。

 両手で持った棒を、右左と、変幻自在に振り回し、敵を翻弄する。

 はずであった。

 しかし敵はもう人間ではない。巨人の肩や腕や腰に棒を叩きこむが、いっかな効果がないようで、敵は平然とつったっている。

〈なにやってるんだ、もっとオレをうまく使いこなせっ!〉

 タケルが叱咤するが、

「そう言われても、何をどうしたらお前を使いこなせるって言うんだ」

〈ああ、もうわかんねえかな。こうな、体の芯からわきあがる情熱を、この棒に集中させるんだよ〉

「できるかっ」

 そう言い返しながらも、結之介の脳裏に、あの時のゆさの姿が思い浮かんだ。神社の屋根に立つゆさの体が光輝き、その光が弓へと収束していったときの姿であった。ひょっとするとゆさは、いまタケルの言ったことを、あの時やっていたのではないか、そんな気がしたのだった。

 男たち三人が、一斉に、何倍にも膨れ上がった腕を振り上げ、結之介たちに向かってきた。空に向けて塔のように伸びた腕が、振り下ろされる。

 結之介は、棒でうけながしたが、その手が、じんとしびれてしまった。

 一心は、ふたりにかこまれ、つぎつぎに連打される拳を避けるので精一杯のようだ。

 そこへ、轟音があたりにこだました。

 その音のほうを結之介がみると、残りの三人の巨人がゆさ達のいる方に向かっていて、それに向けて、たちあがった喬吾が手を伸ばしている。その手のなかには、拳銃が握られていた。

「あんた、そんなんもっとるんなら、なんでもっと早く出さんかったの」

 驚くゆさに、

「秘密兵器はここぞって時までとっとくもんや」

 余裕の笑みを浮かべる喬吾であったが、内心では冷や汗をかいている。

 巨人に向けて撃った弾丸は、そのぶ厚い筋肉にめり込んだものの、まったく損傷をあたえてはいないのだった。

「こりゃあ、まいったね、どうも」

 喬吾は口をゆがめてつぶやいた。

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