第5話 滅びゆく国

 ひとつの国家が滅びようとしている。

 俺は四戦の操縦席に座ったまま、シネマのスクリーンでも観るようにその『終わり』の光景を眺めている。

 人間がどれほど長生きしようと、必ずその最期があるように、国にも必ず終わりの時が訪れる。

 死なない人間がいないのと同じく、滅びない国家などあるわけがないのだ。

 だが、この国の為政者たちはそのことを忘れていた。

 いや、分かっていたのかもしれない。しかし、自身に都合の良い不確実な未来ばかりを採用し、不都合な事実と現実から目を逸らし続けてきた。

 結果、まだこの先長い間生き永らえたかもしれない国を衰退させ、そして世界地図から永遠にその名を消すことになってしまったのだ。

 

 俺は血の涙を流した――



 空に散華し

 海に沈み

 密林で土に還ったひとたちが守ったもの


 遺されたひとたちが懸命に働き

 瓦礫から灰となっていた希望を掘り起こし

 煤で黒く汗まみれになり必死で育てたもの


 汗で灰を練りビルを建て

 掘り起こした希望で多くの先進技術を編み出し

 世界に冠たる国家となった


 時が経ち

 それを玩具にして弄んだ者たち

 弱き者の代表者でありながら

 自らの為だけに働き

 自らの為だけに考え

 自らの為だけに息を吸う


 死なない人間があるものか

 また、滅びぬ国などあるものか

 何をしても

 どれだけの愚行を続けても滅びることは無いと

 傲慢と無知に支配された支配者たち

 責任を持たぬ為政者たち


 我らが遺したものを彼らの玩具とする為に

 我らは空の塵となり

 或いは異国の土になり

 皆は戦い死んだのか

 我らと家族との未来を差し出したのか



 地図上にその名を記載されぬようになりし我が愛すべき母国。

 筆舌に尽くせぬほど、無念でならない。

 天皇陛下の御代が、、ついに日本は滅ぶのか。


 俺の眼前に繰り広げられた、俺の走馬灯以後の世界。

 大日本帝国が滅び、占領軍によって多摩飛行場は横田基地へと名を変えた。

 そこへ葉巻を咥えたアメ公の親玉が降り立った。

 そこから新生日本が歩む、復興著しい大東亜戦争後の昭和――。


 様々な技術と世界各国との平和貿易で経済大国となり、豊かさを謳歌した高度経済成長期から平成時代へ――我らの為したことは無駄ではなかったと思えた。

 だが、よく眺めてみれば米国の基地が我が国のあちらこちらに点在し、陸も港も占領されたままだ。

 しかも多摩飛行場を含む、関東の広い空域は高度の差こそあれ、米国の許可無く我が国の飛行機は飛ぶ事すら出来ない。

 なるほど……そういうことだったのか。

 我が国は軍事的には米軍の極東における補助戦力となり、政治的にも長い間、所謂『年次改革要望書』として、我が国の内政に関して横槍をつつかれ続けた。

 これで、真の独立国家足りえたのだろうか。


 ――それから、その後の経済的な凋落と二つの大地震。

 原子力という夢の技術は、扱いを少しでも間違えば人が住めぬ土地となってしまう危険性との繊細な天秤の上に成り立っていた。


 少しづつ失われていく未来の中、繰り返される為政者による政治の私物化と腐敗、そして与えられた民主主義の下、政治を制御する役割を半ば放棄した国民により衰退に歯止めが掛からない令和。

 大東亜戦争までに至る失敗の数々から、何も学ばぬ人たち。

 そして――最後の年号へと変わる。


 米国と、台頭していた中国が本格的な軍事的衝突を果たし、我が国は米国側陣営として、大東亜戦争以後初めてとなる【軍隊】による戦闘を行うことになる。

 そして、それと時を同じくし、日本国内各所で壊滅的な地震が頻発する。

 その時点で経済的に疲弊し、的確な判断が下せる政治家にも欠いていた我が国は、この二つの重大な国家の危機に、同時に対処する術を持っていなかった。

 さらにもうひとつの危機が我が国の転落を決定的にする。

 地震により、複数の原子力発電所で重大な放射能漏れ事故が起こるのだ。

 この時まだ、東日本大震災により放射能漏れを起こしていた原子炉の廃炉作業は終了しておらず、国はさらに複数の原子炉の処置と都市の復興に迷走を重ねていくことになる。


 戦争・大地震・複数の重大な原発事故。

 このうちどれかひとつであっても国の命運が掛かる危機的な事態だというのに、その三つが同時に、あらゆる面で劣化、疲弊衰退していた我が国を襲ったのだ。

 古来より、国が亡びる時というのはこういうものなのだろう。

 重大な危機が一つではなく複数、さらに最悪の時期に、同時にやってきてしまう。

 そしてそれを乗り越えることができたごく一部の国だけが、後の世に歴史を紡いでいくことができる。

 だがそれには幾つもの条件があり、我が国はこの時点でその条件のほとんどを持っていなかった。

 危機の前に、その要素を新たに培うことも、保持し続けることも出来なかったのだ……。


 そして、ついに――


 その時を迎える。

 

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